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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
582/876

南国を駆ける

【シャガル海】

《海岸線》


「ん?」


「どうした?」


「いや、何か、今……。風が」


「風? 気のせいだろ」


海岸線を見回る、ベルルーク国軍の兵士二名。

彼等は今し方頬を撫でた風に首を傾げるが、南国特有の海風だろうという事で大して気にするような事ではなかった。

もしその時、地面を見ていれば。海岸線の砂浜を見ていれば彼等は気付いただろう。

その砂浜に僅かながらではあるが刻まれた、足跡を見れば。


「ふーぃ、危ねぇ危ねぇ」


海岸線にある木々の上で彼は額を拭っていた。

ギルドより走り続けて丸二日。彼は漸く南の大国、シャガル王国へと辿り着いていた。

サウズ王国からの密命を受けた、その男は。


「見付かったら終わりだぜ、オイ」


彼、その名を韋駄天。

自称世界最速の男にして、ギルドの一員。

サウズ王国からの密命によりシャガル王国に滞在する、ベルルーク国軍の近況を調査する為に潜入した人物だ。

既にこの国へ潜入して数時間。彼は国をぐるりと回るように走り、ある程度の兵士の数を調べていた。

特に警備が多いという訳でもない。かと言って薄いという訳でもない。

平均的だ。余りに平均的。他国に侵略しているにしては余りに微妙すぎる。

これも思惑の一つか? 慢心から来る油断か?

いや、あのベルルーク国軍が慢心し油断するなど考えにくい。だとすればこの状況は何だ?


「……もう少し、中枢まで踏み込むか?」


無論、そんな事をすれば危険性も上がる。

だが、どのみち確実な移行を知る為には中枢に踏み込まねばならない。

未だ知れているのは警備の数程度。その警備達も意向の一つさえ口にしないと来た。

となれば、やはり、行かねばなるまい。


「けどなぁ……」


所詮部外者の自分がどうやってこの国に忍び込む?

手練れの暗殺者ならば素早くちょちょいと忍び込むのだろう。

だが所詮、自分は走るしか能の無い男だ。こんな何も知らない国でじっくり下調べして云々など行っていては、そう遠くないウチに足が付くだろう。


「どうすりゃ良いかな、これ……」


「協力者を得れば良いんだよ」


思わず韋駄天は木枝から崩れ落ちそうになるが、どうにか片足で踏み止まった。

一切の気配なく、一切の音もなくしてその者は彼の背後へと。

この場から逃げるか、と。韋駄天はそう刹那にして思案した。しかし、直後には無駄だと理解出来る。

繰り返すが自身に戦闘能力はない。相手の今の行動から考えるに、逃げ切れるとは思えない。

数秒後には数ガロとて回避出来るだろう。しかし、その時既に自分は死んでいるはずだ。


「……何が、望みだ?」


「テメェが情報を持ち帰る事だ」


「名前、教えろよ」


「俺か?」


その男は木枝に腰掛け、大樹に背を合わせたまま黒眼鏡を掛け直す。

獣らしき牙と人間らしい眼光を歪めながら、その男は。


命知らず(デッド・アウト)……。そう呼んでくれ」



【シャガル王国】

《貧困街・地下》


「……驚いた、こんなトコがあったのか」


「戦前に予定されてた下水道設備らしいぜ。ま、戦争になって見事に頓挫したがな」


韋駄天の持つ灯り以外、何の光もない地下空洞。

足下や壁には数え切れないほどの亀裂が走り、時折虫の死骸らしき物も転がっている。

その先、数メートルさえ目視出来ない悍ましい空間には二つの影。


「……で、アンタは結局誰なんだよ」


「俺はただの命知らず(デッド・アウト)だっつってんだろ」


「名前を聞いて……、いや俺も似たようなモンだけどさぁ」


韋駄天はデッドと並び歩きながら、思案していた。

はて、この男を信用して良いものか。仕方なく言われるがまま付いてきたが、この男はどうにも見た目的に信用ならない。

しかし、実際のところ協力者なしにここを見つけることは出来なかったし、そもそもベルルーク国軍の中枢があるであろう王城まで行けるはずもない。

そう考えれば現地人のこの男の協力を仰ぐのは正しい、が。


「…………」


この男、ベルルーク国軍から金を貰って俺を誘い出すつもりだろうか。

見た目からしてその様に思える。今すぐ刃を向けられたら逃げ出せるように準備しておこう。

真正面から急に敵襲があることも考慮しておいた方が良いか? いや、それを考えるなら背後からのもーーー……。


「お前が何を考えているかは大体解る」


デッドは韋駄天の考えなどお見通しだと言わんばかりに口端を崩して、そう述べた。

彼のそんな言葉を前に、韋駄天は僅かとは言え眉根を曲げてしまう。

やはりか、と。そう零してデッドは響きこそしないが、大仰な笑いを見せた。


「その通りだ、俺はお前を利用する気満々だぜ。お前を使い捨てる気満々だ」


「……何だと」


半歩、下がる。

このまま後方へ疾駆しよう。多少の伏兵が居たとしても駆け抜けりゃどうにかなる。いや、どうにかするしかない。

この男から、どうにかして、逃げるしか、ない。


「ここは俺の国だ、俺達の国だ」


気付く。

彼に殺気などない。邪気などもない。

ただ、その黒眼鏡に隠れた瞳にあるのは、切望。


「クソが望んで、馬鹿が守ってる国だ。なら、それを続けるのはクズの俺だ」


「……お前は」


「言っただろ、俺はただの[命知らず]だ」


なぁ、取引をしねぇか? と。

彼は相変わらず崩れた口端を吊り上げながら、嗤う。

信用など無くて良い。義理や利益もなくて良い。

ただお前の理念に従え。乗るも断るもお前の自由だ。

だから、どうか、俺達に手を貸してくれ、と。


「この国に巣くう連中に、たった一つだけの抗いを見せてやろうじゃねぇか」



読んでいただきありがとうございました

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