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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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疾駆する者への依頼

【ギルド地区】

《西部・西門》


「……まだ、大分壊れたままですね」


「仕方ないッスよ。ただでさえ資源や人員が必要な時期に戦争なんて起こっちまったし……」


西国の発展した村を出発して数日。

スズカゼ達は中央のギルドへと到着していた。

未だ嘗ての戦乱の爪痕が残るその場所だ。街中を歩けば崩壊していない場所の方が余程少ない。

そんな光景を見る度に思う。今、自分達はこれよりも酷い状況が充分に起こり得る世界に居るのか、と。


「えっと、俺はまず鉄鬼のおやっさんに挨拶しに行くッスけど、スズカゼさんはどうしますか? 一緒に来るッスか?」


「え、あー、はい。そうします」


実際、ここでは数日間滞在することになる。

獣車の獣の休息、資材の補給による滞在。この困窮した組織の中でそれらを行うのは容易くない。

よって数日の期間を取っている訳だ。

そして、その数日を寝て過ごす訳でもない。ギルドという組織に属しているニルヴァーやシンにすれば尚更だ。

挨拶回りと言えば聞こえは良い。だが、その実は遺言に等しいだろう。


「おやっさんには世話になったッスからね。きちんと挨拶しないと」


「なった、じゃなくてなる(・・)でしょう。過去形にしないの」


「あ、あはは。それもそうッスね」


傍目に見ればそれは友人同士か恋人同士か。

何にせよ、戦乱となり果てたこの世に残された平穏なのだろう、と。

彼等を物陰より眺める男は安堵したかのように、或いは歓喜するかのように笑む。


「こういう世の中だからこそ、あぁいう光景は良いと思うね、俺は。……アンタはどうだ?」


彼と共に路地裏の壁にもたれ掛かった女性。

彼女は下らないと言わんばかりに鼻を鳴らし、眉根を寄せる。

そしてその行為に反するが如き男に対して、殺意すら籠もるであろう眼光を向けた。


「おぉ、怖い怖い。この流れでちょっと食事でもと思ったんだがな。こりゃ無理か」


「巫山戯るな。こちらにそんな暇はない」


「だろうな。大国の兵士さんは大変だねぇ」


「巫山戯るなと言っているのだ、[韋駄天]。黙ってこちらの依頼を受けろ」


「可愛い顔して言うこと怖いなァ、王城守護部隊副隊長さんよ」


さらに眼光へ殺気が籠もるのを感じると、韋駄天は口元を吊り上げて笑いながら謝罪の言葉を口にした。

元よりこういう飄々とした男は苦手だ。こう言う男に限って、腹に一物抱えている事がある。何処ぞの変態しかり、騎士団長しかり、浮浪者もどきしかり。


「で、依頼って何だ? 言っとくが護衛とかは無理だぜ。俺ァ戦闘はからっきしだ。走ることに命掛けてんでな」


「違う。貴様には南国の密偵を頼みたい」


「南国? シャガル王国か」


「そうだ。あの国に侵攻したベルルーク国軍の数と行動状況を調べてこい。報酬は出す」


「これは公令か? それとも私令か?」


「……密命だ。サウズ王国騎士団長ゼル・デビットよりのな」


「ほー。意外だな」


「意外だと?」


「あの男は裏から手を回すような男じゃないと思ってたんだけどな。力持ってんだから真正面から攻めりゃ良いのにな。幾千の兵より個の力が勝る世界だぜ?」


「……幾千に勝てても、幾億には負ける。そしてその幾億さえも一に負ける」


「はっ! よく出来た世界だことで」


彼は嘲笑に近い笑みで両腕を大袈裟に掲げて見せた。

対するファナは相変わらず不愉快そうに眉根を顰めるばかり。

韋駄天は今一度気の抜けた謝罪をすると共に、路地裏から太陽の下へと一歩を踏み出した。


「まっ、依頼に関しては受けるぜ。密偵ってこたぁ走り回るだろうしさ。どうせ今ギルドは機能してねーから個人依頼だけどな」


「機能していない? どういう事だ」


「仮ギルド統括長が外出してんだよ。噂じゃベルルーク国大総統と取引しに言ってるとか何とか……。こっちに手を出させない取引かね? 俺はその現場に行くことになるから会うかも知れねーな」


「別にそちらの組織の意向など知った事ではない。貴様はただ南国の情報を手に入れてそれをこちらに持って帰ってくれば良い話だ」


「へいへい、了解しましたよーっと。……あぁ、報酬は弾んでくれよぉ? 俺は戦争なんざ知ったこっちゃねぇし、田舎に行って美人で元気な嫁さん見つけて子供に囲まれながら老後を楽しく過ごす予定だしさ」


「……死ぬんじゃないか、貴様」


「縁起でもねぇこと言うなよ。ま、こんな余裕な任務即行で終わらせてやるぜ! それに俺、この仕事が終わったらこういう事やめて大地を気ままに走るだけの趣味にしようかなって思ってるし。あ、そうだな、行く前にこっちの住処の取っ払わねぇと……、ま、帰ってからでいっか!」


「故意か?」


「何が?」


如何にも危なげな事ばかり言う韋駄天は放っておいて、ファナは彼を追い越しつつ外へと出て行った。

去り際に調査が終わったら北国へ来い。そこに我々は居る、と。

そう言い残して。


「……おう、任せとけ」


韋駄天なる男は彼女に続いて日の元へと歩んでいく。

それから全く正反対の方角へ、自慢の脚を踏み出して。

風すらも追いつけぬほどの疾駆にて、自称世界一早い男は南国へと歩を進めるのであった。



読んでいただきありがとうございました

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