力無き者とて
「相手の司令官は潰したわ。狼狽している内に殲滅するわよ」
坦々と吐き捨てるラッカルの前には幾人もの兵士達が突撃を開始していた。
恐らくこの男が死ぬ前に下した命令を忠実に守っているのだろう、良い兵士ではないか。
だが司令官が無能故に無駄死にする。これもまた戦争の一面だと言い捨てるのであれば、そうなのだろう。
「恨むなら、戦争を恨んでね」
ラッカルの命により、幾千数多と迫り来る兵士の波に最上級精霊[雷破僧]サリソンと同じく最上級精霊[風崩僧]ウィソンが脚を歩ませる。
元よりこの二体はラッカルの主力が一つだ。その雷と風を纏った一撃は氷山であろうと容易く穿つ。
幾多の兵士であろうともこの二体の前では無力。
「否、怠惰な世を恨むべきである!!」
繰り返そう。
[雷破僧]サリソンと[風崩僧]ウィソンは同じく最上級精霊である。
その戦力は大国の士官に匹敵する。例え一体であろうとも国は彼等を危険種として認定するであろう。
精霊という使役される存在から逸脱した化け物。天霊にすら到るほどの力を持つ存在。
それが、最上級精霊だ。
「破砕の腕」
その一撃を、双対の最上級精霊から放たれる一撃を、雷と風を纏いし氷山さえ破砕する一撃を。
男は弾き返した、否。
それだけでなく最上級精霊達の巨腕さえ砕き割り、その臓腑へ自身の剛拳を叩き込んだのである。
{ぐ、ぅう……!!}
{がっ……!!}
男の首は確かに折れ曲がっていた。あらぬ方向を向き、皮肉を突き破った骨から流血さえしていた。
だが、その下半身は揺るぐことなく大地に根を張り、その双腕は歪むことなく眼前の敵影に拳を突き刺している。
紅色に染まるその男の姿はまるで悪鬼羅刹にさえ、見えた。
「サリソンッ!! ウィソンッッ!!」
残された腕による雷撃と風撃。
それは大男の肩口を抉り、大地に骨血を散らす。
さらに紅色。大地は白から紅へと。
「ぬぅっ……!!」
オートバーンの両腕は[雷破僧]サリソンと[風崩僧]ウィソンの破砕した腕に絡みつかれ、或いはその臓腑と筋肉に絡みつかれて一切の自由を赦されない。
一瞬の刹那さえも、今の彼等にとっては命を失うに充分過ぎる。
「トドメを!!」
華奢な叫びに呼応するが如く、再び雷撃と風撃の豪腕が振り上げられた。
両腕は使えず容易く動ける状態でもなく首骨は最早神経でしか繋がっていない。
それでもなお彼の瞳に諦めの色は無かった。
当然だろう、自分の後ろには彼等が居る。
自身が鍛え上げた、信ずに値すべき仲間達が。
「撃てェッッーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
最上級精霊達の顔面に撃ち込まれる鉛の嵐。
顔面の形が崩れるだけでは済まない。大凡、魔力の塊であるはずのそれらが原形を留めなくなるまで嵐は撃ち込まれた。
消え逝く精霊達が最後に見たのは、そう。
自身の臓腑に手を撃ち込んだまま頑として動かない男の、眼光。
これが我が軍兵であると語るが如き、眼光。
「……一筋縄じゃ、いかないわね」
ラッカルは数歩下がり、一先ず聖堂騎士達に彼等を相手取るよう伝令を送る。
相手の戦闘的、精神的支柱はあの大男だ。
相応の実力も持っているし耐久力もハンパじゃない。首を折られているのに生きている時点でそれは言うまでもないだろう。
だけれど彼も所詮は人間。倒せないことは、ない。
「消費大きいからやりたくないんだけど……」
彼女は雪原に両足を揃え、軽く背筋を伸ばす。
全身の細胞を洗練するかのように息を吐き、全身の神経を胸元に集中させた。
想像するのだ、ここに魂があると。
それこそが魔力の源。生命の根源。
自身の魔力を溢れ出させる為に必要な行為。
「……ここからが、私の本領発揮よ」
《城下町近郊・南西の外れ》
「……綺麗だな」
戦場にて頬に紅色の霜焼けを作った兵士。
彼の瞳に映るのは白銀の演舞だった。
否、演舞ではない。それは真の殺し合いだ。
然れど美しい。舞い散る白銀の中で交差する彼等の姿は、余りに。
「ボサッとするな。死にたいのか」
そんな刺々しい言葉を投げかけてきたのは他でもない、彼の上官だった。
今は戦争中だ、余所見をする暇など何処にある、と。
いつも仮定で言うその言葉を、彼は本気で言っている。
「けれど、少佐の援護には……」
「俺達が行ってどうなる? あの人達の戦いに付いていけるのか?」
「そ、それは……」
「俺達は弱い。あの人みたく魔力を持っていようとそれを活かす術を知らねぇ。だからこうやって雑兵やってんだ。だからこうしてあの人の命令に従えてんだ。見惚れるな、前を向け。俺達弱者に託された役割を全うしろ」
「……けど、それって格好悪くないですか?」
「格好悪くて何が悪い。俺達は兵士だ」
上官は銃を装填し、部下はナイフを取り出す。
周囲では最早白き場所などなく、大地の汚れが染みて茶黒なった所や敵のか味方のかも解らぬ血が散乱した事により赤黒くなった場所ばかり。
彼等はそれを死地とせんばかりに踏み出していった。
吹雪く北国の中、墜ちる命は幾らか、墜ちる粉雪は幾らか。
その端々での戦争により、最早幾千の命が散っただろう。幾万の命が散っただろう。
それでも、この戦争が終いの光を見せる事は未だない。
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