雪原にて粉雪は舞い散る
【スノウフ国】
《城下町近郊・南西の外れ》
「……!」
ネイクは白雪落つる天を見上げ、何かを見る。
曇天と白粒以外、何が見える訳でもない。然れど彼は見ていた。
恐らく死に征くであろう、その男の姿を。
「ネイク少佐、どうかなさりましたか?」
「いや、気にしないでください。それより彼等に集中を」
彼等の前には雪壁があった。幾万の、蠢く雪壁が。
雪粒が眼鏡に掛かり、視界を遮る。ネイクはそれを拭き取りながら、やはり錯覚ではない雪壁を見た。
幾万の雪壁は、スノウフ国の聖堂騎士達は問題ではない。こちらにはそれを上回る数百万の兵が居る。
だが、そう。唯一の不安があるとするならば。
その先頭に立つ、一人の男にこそある
「キサラギ・エド、でしたね。見た目は全く持って女性にしか見えないですが……」
「百戦錬磨の剣士でしたな。このような雪原だとより美しさが生える」
「獣人にもあぁ言うのは居るんですねぇ」
「我が国に獣人など存在せぬも同様でしたからな」
「えぇ、全く」
今一度眼鏡を服裾で拭き取り、ネイクはそれを掛け直す。
全ての幕は切り落とされた。最早、上がる事すら無いだろう。
そう望んだのは彼等だ。そうあれかしと望んだのは自分だ。
ならば見ねばなるまい。この眼前の白銀を、全ての饗宴を。
「彼の相手は私がします。貴方達は兵士を二組に分け聖堂騎士の蹂躙を」
「……どうか、ご無事で」
「そうではありません。戦争中に言うのであれば、こうでしょう」
双銃を、抜く。
眼前の剣士を前にして、白雪の嵐など視界に収めず。
一切曇り無き眼の元、彼は述べる。
「意味有る死を、と」
「ーーー……Wis!!」
雪崩が起きる。
雪壁が蠢きを止め、雪崩に備える。
数多の咆吼は真に雪原を激震させ道すがらにある大樹より雪を掻き落とした。
彼等の進軍は同様に雪壁の腹底より恐怖を湧かせ、その身を鎖で縛り付ける。
「貴殿が西国の将也か?」
「如何にも。ベルルーク国軍少佐、ネイク・バーハンドールです」
「聖堂騎士団が一、キサラギ・エド也。その身、この雪白に沈めて逝け」
「断ります。その身こそ骨血舞いて散りなさい」
「ーーー……否ッ」
咆吼響く曇天の元、藍長髪と白銀が揺れ、その者に襲い掛かる。
疾駆。雪原の中に溶け込むかのような無音。
聖堂騎士達と兵士達による乱戦による轟音。全てが、掻き消される。
その最中でもネイクは見ていた。その眼から、一枚の硝子を通して。
「……舐めないで、いただきたい」
《城下町近郊・南西の外れ》
「うぅむ」
「オートバーン大尉」
「うぅぅむぅ……」
「あの、オートバーン大尉」
「男が良かったなぁ」
「さっさと進軍の命を掛けてくださいませんか」
大雪原に広がる騎士達を前にして、オートバーンはどうにも不満そうな声を上げるばかりだった。
彼の前に並ぶ聖堂騎士達を率いるは聖堂騎士団副隊長ラッカル・キルラルナ。紛う事なき女性である。
男色家であるオートバーンからすればもっと男らしい男と相見えたかったものだが、相手は華奢な女性と来たものだ。どうにもやる気が湧かない。
「しかもアレは[精霊の巫女]ではないか。儂が勝てる相手ではないしなぁ」
「では撤退なさるので?」
「出来れば良いのだが、そうもいくまい」
酷く重い腰を上げ、オートバーンは雪原を踏みつける。
彼の自重は軽く三桁に到る程の物の為、雪は水面のように彼の足を飲み込んだ。
それでもずぼりずぼりと彼の豪脚は進んでいく。雪々の阻害など物ともせずに。
「まず儂が活路を開く。御主等は後から来い」
「その後はどうなさるので?」
「儂が精霊の巫女を引き付けるから、御主等は散った兵士共に構わず国内に攻め入れ。ネイクの方の兵も近く合流できよう」
「Wis、了解しました」
オートバーンは大樹の根に等しい首を鳴らし、眼前を見据える。
相手方も自分が動いたのを察したらしく、身構えている者は多い。
だが、身構えた程度で止められると思われているのは中々に不愉快だ。
己が鍛えたこの剛身、鉄骨さえもねじ曲げる豪腕。
例え何人であろうともこれを止める事は不可能。
「……征くぞ」
オートバーンの背後に現れるは魔方陣。
詠唱を破棄した上で上級魔法及び魔術に等しい出力を得る手段。
雪に豪脚を沈めたまま、彼は大きく腰を沈め、まるで四股を取るかのように両膝を曲げ込み、そして。
疾駆した。
「ッ!?」
後方の部下は刹那にして視界を純白に染め、自身の肺へ入り込もうとする粉雪を吐き出す。
その咳き込みが終わった頃にはもう眼前の壁には穴が開いていた。
謂わば鋼鉄さえ超える破壊砲だ。オートバーンほどの重圧にて音速を超えた場合の威力など最早計算の域を出ている。
これ程に純粋な破壊があろうか。これ程に瞬間的な威力があろうか。
見れば自身の眼前は全て抉れ、大地すらもその岩盤を肉、礫を流血とするように崩壊している。
最早、勝負は決まった。今の一撃であれば如何なる者であろうともーーー……。
「[雷破僧]サリソン、[風崩僧]ウィソン」
オートバーンの首は雪原に埋まっていた。周囲には紅色が散っていた。
目前、幾千数多の聖堂騎士達がその身に降りかかった雪を払う。
そして見ていた。普段は頼りなく騒いでばかり居るその女性が[精霊の巫女]たる所以を。
今し方突っ込んできた大男の数倍近い体格を有す、その双対の神々しき者達を。
「……さぁ、始めましょうか」
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