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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
576/876

雪原にて魔力は交差す

【荒野】


「……スノウフ国軍は勝てると思うか?」


獣車内で、ファナはそう問うた。

周囲の光景が目に映る暇も無く過ぎ去っていくその世界で、彼女は。

誰に問うた訳でもない。ただ、そう呟いたのだ。


「勝てる。四天災者が居る時点で勝負にすらならないだろうよ」


「居なくなれば、どうだ?」


「負けるだろうな」


ゼルは目を伏せたままそう言い切った。

元より四大国中、四天災者を覗いた戦力で考えればベルルーク国軍が頭一つ抜けている。

戦闘面で劣るシャガル、あくまで宗教国であるスノウフも同様。サウズ王国でさえも、単純戦力で見ればーーー……。


「この戦争は四天災者が鍵になる。連中を抑えられるのはベルルークのロクドウ、スノウフのラッカル、そして俺ぐらいだろうな」


「……北には[封殺の狂鬼]ロクドウが向かっているはずだが」


「ん、あぁ、言い間違えたな。いや、言い間違えてはねぇが間違ってるのか」


酷く忌々しそうに、彼は吐く。

例え俺達が初っ端から全力を出して相手を殲滅しに掛かろうと。

例え俺達が何の躊躇もなく総力を持って相手を殺戮しに掛かろうとも。

例え俺達が一切の遠慮など持たず尽力を負って相手を覆滅しに掛かろうと。

奴等を殺す事は、出来ない。


「……連中は、全力なんざ出した事は、ねぇからな」



【スノウフ国】

《国境線・雪原》


「アイツ等もう行ったかなぁ。行ったって言ってお願い」


みちりみちりと音がする。

自身の腕が地面に沈み、肩の繊維が一本一本千切れていくのが解る。

最早、両足すらない自身の体が雪原へと染み込んでいくのが解る。

半分消し飛んだ脳髄が白色の中へ溶けていくのが解る。

迫り来る死が、見える。


「チャペル、呪縛を増加させるんだ」


{……はい}


ロクドウの身がさらに雪原へ沈んで行く。

地面の数倍高い厚さに積もった雪原だ。そして地形上、雪が止むことがほぼないこの北国。

それ即ち一度でも沈めば太陽を見る事は永遠にないと言っても過言ではないだろう。

幾ら不死に近しいとて全身が動かなければ意味がない。氷塊の中に沈めば待つのは緩やかな腐敗だ。


「やっぱりっつーか当然っつーかよぉ。ゼルより強ぇよなぁ」


「これでも僕は四天災者なんて呼ばれてるんだ。君に遅れは取らないよ、封殺の狂鬼」


「もうちょい手加減してくれると嬉しいんだけどねー。いやホント」


鮮血が白を塗らし、僅かな桃色を生み出した。

刹那に巻き起こったそれが何であるか、ダーテンの瞳には違いなく映っていただろう。

ロクドウが呪縛された自身の腕を切り落とした、その光景は。


「……これ凍傷とかならないよね? ね?」


「知らないよ、そんなこと。……全く、悲しくなる。君のような者が居るから、バボック大総統のような人が居るから、ツキガミ様の教えは冒涜されるんだ」


「宗教ねー。俺って無神論者だからさ。第一こんな職業やってたらカミサマ云々とか言ってらんねーし」


「信じる物がないから君のように道を踏み外す」


「信じる物がねぇから俺のように道が踏み外せる」


みちりみちりと音がする。

有るはずもない肩の繊維が再生していく様子が耳に届く。

不快感はない。嫌悪感も、震吐感も。

あるのはただ、従属感。


「どうしようもねぇ渇きだ。アンタが持つはずもねぇような、渇き」


幾千の時を過ごしただろう。幾億の人を滅ぼしただろう。

数えるはずもない、数えられるはずもない。

俺は惚れたのだ。あの男に、何処までも何処までも悪意に染まり尽くしたあの男に。

故に従う。如何なる命令であろうとも。

ロクドウ・ラガンノット。この俺の名を持って、世界に従属しよう。


「元よりな、アンタに勝てるとは思えねぇし大国一つにアンタが何も残してないとは思えない」


「……スノウフ国には僕の持つ守護に適する天霊全てを召喚して配備している。君達の誇り高き部下だろうと五百万の兵だろうと決して攻め込ませはしないよ」


「しかも[精霊の巫女]だの何だの居るしさぁ。大国随一だよなぁ、防御力。……所でラッカルちゃんって彼氏とか居る?」


「本人に聞いて欲しいかな。……尤も」


ダーテンの合図により、天霊[チャペル]の呪縛が再びロクドウを襲い喰らう。

両手両足の四肢、身体の急所である首と臓腑。そして、心臓。

恐らく彼の合図一つでそれらは重圧を得、彼の命を絶つだろう。

否、絶つことは出来ずともその身を永遠の凍土の中へ屠るはずだ。

屠る、はずだった。


「精霊って怖いよな」


男は平然と立っていた。

腐った鉄の表面から錆が剥がれるように、とでも言うべきか。

彼の四肢や首を拘束するチャペルの呪縛は、崩れていったのだ。


「魔力の塊とかいう存在の時点で魔力は人間を上回るし、破壊されても蘇るしよぉ。何だっけ、本体は魔力の中にある生命云々とか難しい事言うけどそこは置いといて、だ。何が言いたいかって、要するにお前等みたいな精霊は無限の兵力みたいで怖いんだよ」


「彼等は兵力なんかじゃない。僕を支えてくれる仲間であり、ツキガミ様の僕だよ」


「あ、うん。宗教論者に言うのが間違ってたわ」


やがてロクドウの全身を覆い尽くしていたはずの呪縛は全て溶けるようになくなっていた。

彼は指先から動きを確認するように一本一本曲げていき、最後は大きく広げて、閉じる。


「……結界や呪縛は俺の十八番だぜ? アンタに精霊の在り方を説くようによ、この土俵で勝負すんのは不利じゃねぇの?」


「確かにそうかも知れないね。それじゃぁ、こうしよう」


四天災者は世界から隔離される程の化け物だ。

彼等の存在自体が生物の臨界を破壊している。

だが、それでも所詮は生物。限界はある。

さらに四天災者[断罪]は精霊や天霊を操る四天災者だ。魔力の塊である以上、同質の結界を得意とするロクドウにも付け入る隙はある。

生物であることと魔力で創られているということ。

この二つこそが、ロクドウの勝利する鍵へーーー……。


「五体ぐらいで良いかな? 天霊は」


「……え」


その者、四天災者。

―――――断罪なり。



読んでいただきありがとうございました

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