発展した村で彼等は
《発展した村》
「……帰って来たか」
暗沌とした表情で帰って来たスズカゼ達を迎えた、ゼル。
彼の頭からは一筋の紅色が垂れており、衣服もまた傷だらけだった。
何があったかは想像が付く。ただ、ニルヴァーには彼が手を出さなかった理由が分からない。
こう言っては何だが、彼の実力は群を抜いている。我々の中でもスズカゼと彼だけで一国を相手取るのは充分に、いや、蹂躙することすら可能だろう。
だと言うのに、だ。こんな小さな村に彼が苦戦するほどの相手が居るとは思えない。
それなのに彼はどうしてこんな傷を負っているのか?
「……抵抗、しなかったのか?」
自然と、そんな言葉が口端から漏れていた。
彼の問いに対し、ゼルは何も言わず軽く顎を下げる。
当然だったのだろう。彼という男は余りに優し過ぎるのだ。
圧倒的な力を持つにも関わらず確執を自ら抱え頭を悩ませる事を選ぶ。たった一人で悩むことすらあるのだろう。
弱者が持つべき強さを、この男は持ち得ている。
強者が持つべき傲慢を、この男は持っていない。
それが強みだと言うのであればそうなのだろう。それが弱みだと言うのであればそうなのだろう。
この男は余りにーーー……、優し過ぎる。
「この国は嘗て、大戦中に滅ぶはずの国だった。俺達が滅ぼすはずの国だった」
ゼルは大戦中、ベルルーク国に攻め入っている。
その最中に補給のため何処かに立ち寄っていようと、何ら不思議ではあるまい。
例えば多少発展した村に立ち寄っていても、それはーーー……。
「甘かったのか、俺は。甘いのか、俺は」
「愚かだったんだ、お前は。優し過ぎたんだ、お前は」
ゼルは、手当をするよう駆け寄るレンを掌で制す。
ファナもまた彼の傷を手当てする必要はないとレンに吐き捨てる。
放っておけば治ると口では言っているが、ニルヴァーには、ただ、ゼルがその傷を薬などで治したくないと言っているように思えた。
優し過ぎる彼故の、我が儘にさえも。
「…………」
スズカゼは彼のそんな様子を見ながら、自身の太刀に手を添えた。
この刃があれば彼等を斬れただろう。武器を斬り捨てることも可能だった。
或いは彼等が行動を起こす前に意識を立つことも、出来たかも知れない。
そうすべきだったのだろうか? あの場で、自分はその選択肢を選ぶべきだったのだろうか? 彼等を、倒すべきだと?
そうはしたくない。彼等が何を思っていたかは知っている。
だから、そうだ。あの場所で踵を返したのは、決して間違っていない。
けれど、もしあの時、あの場所にいたのがシンやニルヴァーでなければ、どうなっていただろう。
デイジーやサラだったら、ハドリーやメイドだったら、リドラやメタルだったらーーー……、アレは避けられただろうか?
いいや、無理だ。きっと無理だ。彼等がアレを回避出来たとは思えない。
彼等は自分なんかより現実を知っている。アレを見ても、きっと現実として受け止められるだろう。
だけど、自分は、彼等が傷付けられた時ーーー……、現実として受け止められるだろうか。
相手を斬り殺す、その現実を。
「す、スズカゼさん。どうしたんスか?」
「え?」
「顔……、怖いッスよ」
ふと、自分の頬に触れて気付く。
今自分はどんな顔をしていた? 誰かを殺すと思ったときの、自分の顔は。
悲嘆していたか? 苦悶していたか? 暗鬱していたか?
それとも、嗤喜していたのか?
「いや、何でもないです。それより次の目的地について話しましょう」
「そうだな。資源は確保出来たから次はギルドに向かおう。そこでもう一度休息を取って、次はスノウフ国に向かう」
「す、スノウフ国ッスか!? これまたどうして!? 予定じゃサウズ王国まで進軍するはずなのに……」
「その予定だった、だな。この国を見て思うのは情報の広まりの早さだ。思いの外、連中の進行速度が速いからだろう。このまま行くとサウズ王国に戻る前に鉢合わせる可能性すらある」
「……ふむ」
「中央のギルド周辺で兵が目撃されていないという事はベルルーク国軍は中央を突っ切ってはないという事だ。恐らく北のスノウフ国と南のシャガル王国を攻めてから東で合流し、叩く手筈だろう」
「圧倒的な軍事力を持つからこそ出来る戦法だな。だが、お前はそれを考慮したからこそサウズ王国に戻るはずだった。そこから国に戻って……、いや、戻る前にか」
「その通りだ。最悪なのはこちらが戻る前に連中と鉢合わせること。サウズ王国手前じゃ俺達が餌になっちまう。流石に消耗しているとは言え、俺達だけでベルルーク国軍を相手取るのは難しい」
「だからスノウフ国を目指す……?」
「あぁ、こちらはそれを利用させて貰うんだ。俺達は北国でスノウフ国と共同してベルルーク国軍を完全殲滅し、さらに兵を借りてサウズ王国にて全てを迎え撃つ」
「合理的ではあるッスね。けど可能なんスか?」
「サウズ王国前で鉢合う危険性を考えりゃマシではあるさ」
皆から反対の意見は出ない。
元より反対するはずもないのだ。この面々の中で戦争を経験したのはたった二人。
ニルヴァーが反対さえしなければ、ゼルの意見を否定する謂われなどありはしない。
「……よし、行くぞ。ベルルーク国軍を叩く」
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