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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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自衛と恐怖

【ベルルーク国領域】

《発展した村》


「……ここで休息を取るぞ」


レンが獣車を停め、ゼル達が降りたのは小さな村の前だった。

小さな、とは言ってもある程度の人気もある、充分地図に名を乗せられる村だ。

村営の建築物らしき物も見えるし、もう少しすれば街と名を変えられる程だろう。


「ん?」


そんな村だが、何か人通りが少ない気がする。

村人達も心なしか広すぎる道に違和感を覚えているようにすら見えた。

ゼルはそんな村であろうと平然と立ち降り、スズカゼとシン、そしてニルヴァーも同様に獣車を降りる。

ただファナは獣車の点検を行うレンの護衛として残るらしく、ゼルは彼女達から買ってきて欲しい必要品を頼まれていた。


「……シン、特にニルヴァー。スズカゼと一緒に頼む」


「見せるつもりか」


「知るしかねぇだろう。現実は余りに近い」


ニルヴァーは一度だけ頷き、口端を結ぶ。

自身やゼルが知っている、それを。彼女に見せるというのか。

それは余りに酷だろう。然れど、事実でもある。


「お前は一人でも、大丈夫なのか。……いいや、お前こそ」


「慣れてる。行け」


「……そうか」


ニルヴァーはゼルに背を向け、スズカゼの隣へと歩んでいった。

楽しげに笑うシンと、それに連られて頬を緩ませるスズカゼ。

彼等の後ろ姿を眺めながら、ゼルは自身の口端を結ぶ。

迫り来る現実という暴挙に、備えるが如く。


「あれ? ゼルさんは別行動なんスか?」


「彼は彼なりに思う所があるのだろう。それより我々は飯でも食いに行こうではないか」


「そうですね。ご飯の美味しいところが良いなー」


「…………」


「……何ですか」


「い、いや、女の子の可愛いトコが良いなー、って言うかと思ってたッス」


「張っ倒すぞ」


ぎゃあぎゃあと喚きつつ、彼等は村へ入っていく。

そこで気付けば、或いは変わったかも知れない。

村人達が彼等を見た途端、家へ逃げ帰るように入っていくのに気付けば、或いは。


「……やっぱり、人通りが少ない」


スズカゼは周囲を見回し、今一度それを思い、次は言葉を零す。

この村はそこそこ発展している。通りにも幾つか店はあるし、武器屋や防具屋もある。

本来であれば自分達のような旅人などが訪れる場所で、中継地点として使われるべきなのだろうがーーー……。

今は戦時中。その点から考えても人通りが少ないのは解る。しかし、それはあくまで旅人に限る話。

決してこの村の人々の事ではないはずなのに。


「どうして……」


「あ、あの、どうしたんスか?」


「いや、だってこれ……」


「食事処だ。ここに入るぞ」


彼等の会話を打ち切り、ニルヴァーは村の中央辺りにある食事処へ足を踏み入れていった。

外観は砂嵐の所為でか多少汚れてこそ居るが、扉などの内物は綺麗に磨かれている。

恐らくこの村の中でもかなり人気のある、それこそ常々使われているような食事処なのだろう。

スズカゼ達はニルヴァーの何処か坦々とした行動に違和感を覚えつつ、仕方無く彼の後を追っていった。



《発展した村・食事処》


「……覚えておけ、スズカゼ・クレハ。これが戦争、これが殺し合い、これが闘争だ」


ニルヴァーの腹部は抉れていた。シンは刀身より白煙を巻き上げていた。スズカゼは衣にてそれを受けていた。

食事処に入店してマズ始めに浴びせられたのは歓迎の挨拶ではなく、鉛玉の嵐。

幾千幾多の銃弾が、彼女達を穿とうと、或いは穿って降り注いだのだ。

その命を、絶つ為に。


「……何スか、これ」


「良くも悪くも我々の顔は割れている。こんな風に中へ立ち入らなければこういう事にもならなかっただろう」


今の彼等にとって、我々はどう映っているのだろうな、と。

ニルヴァーは再び肉が戻りつつある腹を押さえ、問うた。

答えなど決まっている。こんな場所に、自身達など指先一つで殺せる者が来たのだ。

殺すべき時に、殺すべき場所へ、殺すべき物を持って。

彼等が行ったのは自衛でしかない。スズカゼが今まで行ってきたような行動でしかない。

然れど、それがこの結果だ。

何の悪意もなく、その場に相応しい目的を持って歩んできた彼等に向けられた、殺意。

それはスズカゼが仲間を思う物と何ら変わらない、自衛の心。


「……さて、どうする? サウズ王国第三街領主伯爵殿。怯える彼等を抑え付けるか? 説得を試みるか? それともまた別の何かを試すか?」


眼前を見詰める少女に対し、ニルヴァーは問いかけた。

彼の言葉通り食事処の店員らしき者達は銃を構えたまま酷く怯えている。

一触即発とは良く言ったものだ。もしこの場でスズカゼ達が一歩でも動こうものなら再び鉛玉が飛んでくるだろう。

いや、それだけなら良い。鉛玉なら防げば、或いは弾けば良いのだから。

ニルヴァーは解っていた。この場でスズカゼが恐れるのは我々が傷付くことと同時に、怯える彼等が傷付くことだと。


「……帰りましょう。店先で物買うぐらいなら、まぁ、大丈夫でしょうし」


「そちらはゼルが行っている。奴もこうなる事は解っていただろうしな」


「そうですか。では、そうしましょう」


スズカゼは表情を変えることなく踵を返し、店の扉に手を掛ける。

そんな彼女とほぼ同時に出ようとしたニルヴァーだが、背後で歯を食いしばる青年に気付き、歩みを止めた。

酷く悔しかったのだろう。彼女は決して襲うなどという残酷さは持ち得て居なかった。

それにも関わらず彼等は話一つすら聞かず、急に発砲したのだ。

彼女の意思を裏切るように、彼等は。


「シン」


「……解ってるッスよ」


彼等に悪意はない。あるのは恐怖だけだ。

だが、それは余りにーーー……、恐怖の対象である事は、余りに、残酷だろう。



読んでいただきありがとうございました

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