白き幕開きて届かぬ思いは落つる
【スノウフ国】
《国境線・雪原》
「ちょ、急いできたのに早速仕事とかマジ?」
「ふむ! では我が温めて差し上げよう!!」
「あ、良いです。こんな冬国でまでそんな寒い思いしたくないんで……。ちょ、ねぇ、聞いてる? こっち躙り寄って来ないで? ねぇ、ちょ……、ネイクぅー!? 助けてネイクぅううう!!」
「馬鹿やってないで眼前に集中してください。もうスノウフ国間近ですよ」
ロクドウ、オートバーン、ネイク。
スノウフ国を侵略する、北国側のベルルーク国軍を率いる三人。
五百万相当の兵士に白き外套を纏わせ、自身達も雪を防ぎ雪に融け込む外套を纏う、三人。
「……と言うかさ、俺に四天災者の相手しろって無理じゃね? もうお家帰りたいんだけど」
「貴方だけにしか出来ないこともあるんですよ。四天災者[断罪]にしか対応出来ないこともね」
「あー、怖。まぁ、仕方ないよね。だって任務だし」
「大佐のそういう所は好ましいな! うむ、そういう所だけではなく全てが好ましいぞ!!」
「うわ吐き気が……」
割と本気で吐きそうになっているロクドウは放っておいて、ネイクは自身の眼鏡に吹き付ける粉雪を払い除ける。
眼前には未だ何も見えない。こんな状況には慣れた物だ。
視界が不明瞭な状態での戦闘は砂漠で嫌と言う程積んでいる。尤も、その時相手に四天災者は居なかったが。
「……来ました」
白き白銀に染まるは白き体毛。
それが何であるかを理解する必要などない。眼前に立たれた時点で全身が理解するのだから。
敵と味方という立場の違いだけでこうも違う物か。四天災者という、存在は。
「来ちゃったよ。どうしようアレ」
「予定通りロクドウ大佐がお相手を。今の内に部隊をスノウフ国に侵入させますので」
「精霊の巫女ちゃん来たらどうする? 俺あの子結構好きよ」
「確かに美人ではありますがね、内面は別として。……その場合はオートバーン大尉に任せます。宜しいですね?」
「女の相手は気が乗らんな……」
「知りませんよ。それでは計画通りに」
ネイクの腕が、軽く前へ払われる。
それは五百万の人物を動かす合図であり、同時に開戦の合図でもあった。
奇しくも戦乱の狼煙は白き世界で白き手袋が切り落としたのである。
白き獣を前にして、白き衣を纏いし者達の戦いが今、始まる。
【シャガル王国】
《王城・王座謁見の間》
「と、北国は今こんな状況だろうねぇ」
喉の奥を鳴らすような、楽し気な嗤い。
それを前にしてシャークはただ口端を結び牙を食い縛るばかりだった。
眼前の、悠々と足を組み指を交差させる男。
威圧感はなく優越感もない。然れどそれが恐ろしい。
この男は全てを知っていたかのようにこの国へ乗り込んで来て、全てを知っていたかのように兵を待機させ、全てを知っていたかのように護衛を一人だけ付けてこの王座へやってきた。
自身と対等に座し、対話する為に。
「こんな風に話すのはいつ振りだろうね、シャーク国王。四大国条約以来かな?」
「あの時の事を根に持ってやがんのか?」
「まさか! そこまで器の小さい男ではないさ。気にはしているけどね」
再び、喉仏を揺らすかのような嗤い。
ただただ不快そうに眉根を歪めるシャークの隣では、酷く複雑な表情をしたモミジが居た。
バボック大総統の言葉故にではない。その護衛故に、だ。
「さて、話は早いほうが良い。早速話題に入ろう」
「俺から言うことは一つ。こっちは資源をくれてやる。そっちはこの国と国領域に手を出すな。それだけだ」
「うん、概ね予想通りだね。では君の言葉通り民に手は出さないよ。あぁ、きちんと正式な身分を持っている民にはね」
兵士にとって強奪や略奪は一種の精神的負荷解消法だ。
長い行軍、いつ終わるやも解らぬ緊迫感、明日をも知れぬ我が身。
それ等の負荷に耐えられる生物がいったいどれだけ居ようか。否、居るはずなどない。
故に取り除かねばならぬ。序でに良心という枷をも、取り除かねば。
その最も効果的な方法が強奪や略奪行為だ。人を踏み躙り物欲と自尊欲を同時に満たすーーー……、いいや、或いはそれ以外も満たす事が出来る行為。
無論、先の条件を提示された以上、バボックは断る理由などない。むしろ望ましくすらある。
よって国内でも爪弾き者達が集う貧困街で、体の良いゴミ掃除の名目を持って強奪や略奪を行おうという魂胆である、が。
「悪いな、この国に貧困街はない」
今朝方に無くなったんだ、と。
シャークは今までの不快感を払拭するかのように口端を吊り上げる。
直後、バボックは彼の後方に隠しきれないほどの紙束を視認した。
それが何であるかなど、最早言うまでもあるまい。
「この数日で仕上げたのかい?」
「優秀な部下が居るもんでな」
バボックは先とは違う、何処か満足気な嗤いを零す。
同時に彼は席を立ちて踵を返し、大扉の前へと歩んでいった。
その後方の護衛もまた、方向を変えて彼の後をーーー……。
「ヨーラさん!!」
護衛は僅かに足を止め、息を呑む。
何を言うでもない。何かを零すでもない。
ただ刹那だけ足を止め、そして再び、歩み出した。
「待っ……!」
「モミジ、今すぐ食料や弾薬の資材確認に回れ。俺は俺で連中の監視兵の編成をする」
「兄さん……!」
「……解ってくれよ。俺だって嫌なんだ」
自身の掌を爪で握り潰し、唇を噛む。
解っていた、知っていた、こうなる事は。
それでも、なお、心の何処かで期待していたのだ。
また彼女と楽しく話せるのではないか、と。そう、有り得るはずもない光景をーーー……。
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