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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
572/876

西より発つ


【ベルルーク砂漠】


「……来ない、な」


暴動発生から数日、スズカゼがエイラに接触してから一つの日が沈み一つの日が昇った。

然れどスズカゼの元を誰も訪れない。兵士の一人も、エイラでさえも。

結局、話の通りスズカゼとゼル、そしてファナはベルルークから去る為、ベルルークの門から少し出た所に居た。

誰かが居ればどうにか目視出来る、その場所に。


「スズカゼ、行くぞ。ここまで待って来ないなら、もう来ねぇよ」


「……そうですね、行きますか」


充分に待った。それでも来ないのなら、それが彼等の答えなのだろう。

我々、サウズ王国の一行はベルルーク国軍をベルルーク国軍として討つ。

その結果、この国が如何なる運命を辿ろうともーーー……、自分達に関する事はないし、関する事は出来ない。


「行くのは良いが、どうやって移動するつもりだ? この大砂漠を何の移動手段も案内もなく超えられるほど我々に余裕はないぞ」


「解っている、ファナ。俺だって何の救援もなくここを超えようなんざ思っちゃいないさ」


彼の言葉を合図とするが如く現るは土煙。

砂漠の果てより影を表すその獣車は凄まじい速度でこちらへ迫ってくる。

スズカゼとファナが呆気に取られている内に、獣は息を荒げ鼻先に掛かった砂埃を吹き出しながら、緩やかに彼女達の目の前で停止した。


「……レン、さん!?」


「お久し振りでス。何だか大変な事になってますネ」


「悪いな。急に呼びだして」


「お得意様ですから応えますヨ! それと、皆さんもお連れしましタ」


獣車から出て来たのは、つい最近出会った二人だった。

[八咫烏]ニルヴァー・ベルグーン。

[剣修羅]シン・クラウン。

同じくギルド所属の、スズカゼとも親しい者達だ。

尤も、当人であるスズカゼは彼等の参上に首を捻るばかりだが。


「……何でこの二人?」


「不足ッスか。そうッスよね。格好つけて満を持した登場みたいに見せといてぶっちゃけお二人より弱い俺達ッスからね……」


「い、いや、そうじゃなくて! ギルドの方は大丈夫なんですか? もう回復したり……」


「いや、我々はギルドから派遣された訳ではない。貴様の言うとおりギルドは今行動を起こすに起こせない状況だからな。我々は貴様等の友人として来た」


「それは嬉しいですけど……」


「生憎とフレースは流石に連れてくる事は出来なくてな。ギルドでケヒト達と共に待機している。始めは俺だけで来るつもりだったのだが……」


「俺も行くっつって無理やり付いてきたんスよ! スズカゼさんのお役に立ちたいし!」


「はぁ、むさ苦しいどうも……」


「一瞬本音が出たぞオイ」


「……それよりも、戦力になるのか? コイツ等は」


女性陣二名の言葉によりガリガリと精神プライドを削られていくシン。

その隣では何を気にするでもなくゼルとニルヴァーが今後の予定を話し合っていた。

残されたレンは獣車の点検を行い、再び砂漠往復に備えている。

各自が各自、それぞれの行動に対してある程度の情報を交換してから、まず始めに口を開いたのはニルヴァーと会話していたゼルだった。


「どうやら今、ベルルーク国軍は大きく二手に別れているそうだ。北にはロクドウ大佐及びネイク少佐とオートバーン大尉率いる軍勢が。南国にはバボック大総統及びヨーラ中佐とヤム少尉率いる軍勢が、な」


「……ヨーラさん」


「敵だと割り切れ。お前達が仲の良かった事は知っている。だが、今は戦争だと言っただろう」


「……はい」


覚悟を決めたはずだ。そうなると知っていたはずだ。

ならば、それはやはり甘えなのだろう。自身の傲慢なのだろう。

引くことは赦されない。退路にあるのは仲間の死。

ならば進む。進むしか、ない。


「一番の不安点は四天災者[灼炎]ことイーグ・フェンリー将軍だ。奴の姿はまだ確認出来ていないが、恐らくはサウズ王国のために温存していると考えられる」


「サウズ王国……、四天災者[魔創]か。スノウフ国にも四天災者は居たはずだが」


「奴は国防に回るだろうからな。四天災者[断罪]は優しすぎる。いや、それ以上にあの国と宗教を重んじているんだ。四国大戦の時もあの国から出たのは数えるほどしかなかったしな」


「……ふむ、では南国に進む可能性の方が高い、と」


「だろうな。シャガル王国にベルルーク国軍と戦えるだけの戦力があるとは思えねぇ。資源を利用した作戦も国を捨てたベルルークにとっちゃ関係ねぇだろう」


「それを考えると、そこ込みで国を捨てたのかと思えてくるッスね……」


「今となっちゃ考えるのも忍びねぇ事だがな。で、だ。現在ベルルーク国は大国二つを手中に収めようと動いている。だが、先日の一件が功を奏してか中央のギルドに進軍している様子はないそうだ」


「つまりそこから突破する訳ですね」


「あぁ、その通り」


「罠、という可能性はないのか? 余りに露骨過ぎる」


「連中からすりゃ俺達はここで死んでる手筈だ。どのみち生き残ってても大した戦力にはならないし、事実一週間近い遅れを見せてる。今更国に戻っても、大国の戦力が戻った程度にしか見られねぇだろうよ」


「……ふん」


「という訳で、レン。悪いがここから直通でサウズ王国まで獣車を頼む。料金は後払いになるが、構わないか?」


「戦争が起きてちゃこっちも商売あがったりでス。さっさと終わらせてくれるなら構いませんヨ!」


「あぁ、任せとけ」


こうしてサウズ王国騎士団長ゼル・デビット男爵率いる第三街領主スズカゼ・クレハ伯爵、王城守護部隊副隊長ファナ・パールズ子爵、及びギルド所属[八咫烏]ニルヴァー・ベルグーン、[剣修羅]シン・クラウン、そして獣車の行商人レンの一行はギルドを経由してサウズ王国への帰還を目指すことになる。

砂漠の荒野へ旅立つ彼等を見送る者は居ない。その出立を惜しむ者は居ない。

ただ去りゆく国だけが、彼等の将来を表すかのように、鬱蒼とした黒煙を吐くばかりだったーーー……。



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