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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
570/876

強者の義務

【ベルルーク国】

《D地区・軍本部・特別医務室》


「…………」


まず一番始めにあったのは砂利を噛んだかのような感触。

奥歯に挟まるそれらが炭であると気付くのに、そう時間は掛からなかった。

彼女はそれを手の甲で拭いながら、緩やかに体を引き起こす。


「起きたか、馬鹿野郎」


「ゼルさん……」


「一週間も眠り続けやがって、この馬鹿野郎が」


気付けば、自身の全身には包帯が巻き付けられていた。

その前で不味そうな珈琲片手に肩を落とすゼルの全身にもまた、包帯が纏われている。

彼女はそんな光景を前にして、まずは軽く室内を見回してみた。

見覚えのある幾つかのベッド、そこ等辺に放り出された治療道具、自身の隣で眠るファナと、その腕に巻き付けられた添え木と包帯。

一目見れば、自分達が如何なる状態になっているのかが解る、現状。


「……手当は、ゼルさんが?」


「いいや、エイラ中尉だ。尤も今はベルルークの反乱に手を尽くしてるみたいだがな」


「反乱? どういう事ですか」


「起きて当然だろ。ベルルークの民からすりゃ捨てられたも当然だ。エイラ中尉達は何とかそれを抑えているが……、まぁ、もう間もなく軍の権威は失墜するだろうな」


まぁ、それも所詮は自業自得。あの男が選んだ運命だ、とゼルは吐き捨てる。

事実そうなのだろう。だが、スズカゼからすれば余りに違和感を感じる他無かった。

国を捨ててまで? イーグのように、殺戮のために生まれたからと思うから?

何故そこまで、どうしてそこまで出来る? いったい、何が彼等を突き動かすと言うのだ。


「……生き様、か」


彼女の疑問に応えたのは、奇しくもゼルの呟いた言葉だった。

イーグも口にしていた生き様という言葉。自身でさえ、それを常として背負うもの。

彼等は生き様のために、国や地位や仲間すら捨てて、生きて居るというのか。


「取り敢えず、だ」


再び彼女の思考を打ち切るは、先と同じくゼルの呟き。

気付けば彼の片手にある陶磁器の器は空になっており、その縁には薄く雫が伝っている。

その雫が落ちるよりも前に、ゼルは自身の眉間に酷く皺を寄せつつ今後の予定について話し始めた。


「こんな事になっちまった以上、俺達は国に戻るしかない。ここから直線突っ走っても一週間の遅れは余りに大きい」


「……すいません、私が」


「気にするな、どうせ暫くは休まないといけないしな。ファナだってあれから目覚めねぇ。エイラ中尉が言うには臓器がやられてるらしい。治療魔法使って今は安静状態になってるそうだがな」


「私だけでも戻ります。サウズ王国は……」


「馬鹿かお前は。思い出せ、サウズ王国には最強の防壁があるだろ」


スズカゼが本気で、全力で掛かっても手も足も出なかった四天災者。

サウズ王国にはそれと同じく四天災者の称号を持つ者が居る。あの国最強の守護者が。


「俺達がやるべき事はまず傷を癒やすことだ。今行っても足手纏い以外の何でもないからな」


「そりゃそうですが……、そんな悠長に……」


「馬鹿言え、もうサウズ王国に知らせは飛ばしてる。救援要請もな」


「知らせは解りますけど、救援要請ってどういう事です? 私達は帰るだけなのに……」


「これだけの戦力が仲良くルンルン気分で帰るとでも思ってんのか? 秘密裏に戦力を送って貰って後ろからベルルーク国軍に襲撃掛けんだよ」


「え」


「これは戦争だ。楽しくへーこら笑ってる時間なんざ一秒たりともありゃしねぇ」


歴史に血の爪痕を刻んだ四国大戦。

ゼルはその中を生き抜いた歴戦の戦人だ。彼の言う事は何ら間違っていない。

例え如何なる状況であろうと、正面から堂々攻めずとも、殺せ、と。

殺さねばこちらが殺される。それが戦争。如何なる手段を用いてでも、殺せ。


「……だがな、お前は戦線から外しても良いと思ってる」


「……はい?」


「そのまんまの意味だよ。お前はこの国に残るか一足早くサウズ王国に戻って隠れてろっつってんだ」


「な、何でですか!」


「人が殺せるか、お前に」


その問いは至極当然の物だった。

スズカゼは確かに相手を無力化出来る。しかしそれは一時的な物であり、恒久的に継続することさえ有り得る戦争において、無力化の効果という物は極端に低くなる。

剰え無力化し切れていなかった相手に仲間がーーー……、という事も充分に有り得ることなのだ。


「正直、お前の戦力は俺に劣るとも勝らない物だ」


「……勝るとも劣らないじゃなくて?」


「そこは意地張らせろ。……いや、実際のトコ意地だけじゃなく経験や意思という点でもお前は俺に遠く及ばない。何故だか解るな?」


「人が、殺せないから」


「そうだ。お前のその精神が悪いワケじゃねぇ。強いて言うならこの戦争が悪い。……だけどな、善悪が是非となるワケじゃねぇんだ。良いから合ってる、悪いから間違ってるじゃ収まらねぇんだよ」


ジェイドと幾度か言葉を交わし、恐れた結末。

それが目の前にある。本来ならば何も言わずこの小娘を外へ放り出すべきだった。

だが今、スズカゼには力がある。全てをねじ伏せるだけの力が。

それ故に選ばせるのだ。コイツが、今目にしている選択肢を。


「それでもお前は、戦うのか?」


「はい」


即答。解っていた事だ、この答えは。

この馬鹿が今更こんな所で引き下がるはずがない。

例え両腕がもがれようと、コイツはーーー……。


「……そうか、解った」


いや、そうだ。自分も応えなければいけない。

例えその結果が如何なるものであれ、コイツが選んだ答えに対し、自分も相応の応えを返さなければいけないのだ。

それが強者の義務という物だから。



読んでいただきありがとうございました

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