仮説は確信へと
【サウズ王国】
《王城・王座謁見の間》
「……間違いないのね?」
不機嫌、と言うよりは困惑に近い表情で、メイアはそう呟いた。
彼女を含め数人しか居ない王座謁見の間では、彼女の小さな声でも良く通る。
彼女の声を聞くのは、メイアの前に跪いたリドラ。
そして彼を囲むように柱にもたれ掛かったゼルと、メイアの隣に立つバルドだった。
「……はい。ゼル騎士団長とバルド王城守護部隊長の協力の下、クグルフ山岳で生成された魔法石に近い物体を確保して実験しましたが、間違いなく私の予想は当たっています」
「…………まさか、こんな事になってるとはね」
メイアは眉根を抑えながら、深くため息をついた。
始めはリドラの懸念だった。
メイアやバルド、ゼルですらも有り得ないと一蹴した言葉だった。
だが、それは彼の仮説が進むに連れて、段々と確信に近付いていって。
「皮肉な物だな。俺達の言っていた事は強ち外れでもなかった、って事だ」
「ここまで来ると、何処か運命的な物を感じないでもないかな」
「無駄口叩いてないで、どうすべきか考えなさい……。このままじゃ、かなり厄介事になるわよ」
「ま、確かにスノウフ国辺りが因縁付けてくるだろうな。確実に」
「……本当に、ただの精霊なら、苦労しなかったのだがね」
リドラの言葉に、その場に居る全員が苦悩する。
もしスズカゼが何の変哲もない、ただの精霊なら。
荒野に召喚されただけの、主なき、ただの精霊なら。
きっとこんな問題にはならなかっただろう。
もしも、初期の、それこそ獣人達の暴動が起きたばかりの頃に立てたリドラの予想通りなら。
スズカゼが単独降臨可能な天霊ならば、こんな問題にはならなかっただろう。
「……スズカゼ・クレハは今、何処?」
「第三街でギルド登録パーティー、冥霊のデュー・ラハンと食事をしているそうです」
「護衛の二人は居るのかい?」
「あぁ、勿論だ。……とは言っても、その二人が騒いだ詫びに飯を奢ってるみたいだがな」
「人選ミスかな?」
「……うるせー。普段は良い子なんですぅー」
ゼルとバルドの、下らない会話にメイアは別の意味でも、再び眉根を押さえつける。
彼等の様子を見ていたリドラもやれやれを言わんばかりに首を横に振っていた。
「馬鹿漫才やってないで、早くスズカゼ・クレハを迎えに行きなさい」
「い、今から!?」
「当然でしょう。爆弾を国内に放置して置くほど馬鹿じゃないわよ」
メイアはそうとだけ言うと、眉根を抑えていた手を柔らかく潤しい頬へと持って行った。
こうなっては何を言っても無駄だ、とバルドはゼルに視線で合図を送り、さらにそれを豪華な装飾の施された大扉へと向ける。
要するに、良いから黙って行け、だ。
「……一つだけ」
だが、ゼルはすぐに足を動かそうとはしなかった。
彼は今にも舌打ちしそうな表情のメイアに対し、小さく呟くような言葉を向けたのだ。
それに、リドラとバルドの制止が間に合うはずもなく。
「一つだけ、確認したい」
「……何かしら?」
「スズカゼの正体が何であれ、彼女に危害は加えないんだな? 彼女はもう、暴動を率いる正体不明の小娘じゃない。第三街の民を支える、第三街領主、スズカゼ・クレハ伯爵だ」
「……」
「……問う。メイア女王。彼女、スズカゼ・クレハ伯爵に危害は加えないな?」
ゼルの問いに、メイアはせせら笑うように口端を緩めた。
彼女のその行為の意味が何だったのか、少なくともリドラには解らなかっただろう。
だが、バルドはその行為に、しかし何処か安堵するように呆れ気味にため息をつき、ゼルは結構だ、という言葉と共に踵を返して退室していった。
リドラと違い、長く彼女の傍に居た彼等には言葉が不要なのだろう。
それこそ、戦場で同じ塹壕の中で靴を揃える、仲間のように。
【サウズ王国】
《第三街西部・食事処獣椎》
「……割と美味しかったな、値段も安いし」
デイジーは驚愕の入り交じった表情で、そう呟いた。
デューへのお詫びに食事を奢ると言ったのは彼女だ。
だが、その食事の場所が彼女にとって意外だったのである。
それは、第三街につい最近出来た食事処だったからだ。
言っては何だが、第三街は最近まで食うことにすら困るような場所だったはず。
そこで出る飯というのは衛星面的にも味的にも大丈夫なのだろうか、と。
「まぁ、第三街の人達は経験が経験ですからねー。質素倹約置いて右に出る物は居ませんよ」
だが、デイジーの予想は見事に外れた。
安い素材で多くて美味い。
それがこの食事処、獣椎のポリシーであり信条である。
貧しい第三街の民でも楽しく食事が出来るように、と。
獣人擁護派の貴族や第二街の民達の投資や指導の下、初めて完成した飯屋なのだ。
その為、衛生面は勿論、味も本格的で、非常に美味。
未だ第三街の民のモラルや物珍しさの面からも客こそは入ってないが、これから注目されるであろうとスズカゼも目を付けている店である。
「……それにしても」
尤も、スズカゼは食事所ではなかった。
隣で食事するデューの、兜の間へ消えていく食事が気になって仕方なかったからである。
とは言っても、まさか兜を脱げなどと言えるはずもないし……。
等と考えている彼女の隣で、急にデューは手と手をぱんと叩き合わせた。
「いやぁ、奢って貰ってありがとうございます! 気兼ねなくご飯を食べられたのなんて何ヶ月振りだろう……」
「……ふ、普段から苦労なさっているようで」
「あはは……」
彼は兜を揺らしながら苦笑する。
そんなデューはふと、何処かを見上げるようにして足を止めた。
どうかしましたの、と優し気に声を掛けたサラの言葉にも彼は何も返事をしない。
始めは虫でも居たのかと思っていたスズカゼやデイジーでさえ、彼の異変に感づき始めた。
「雨が、降りそうですねぇ」
「あ、雨?」
スズカゼの驚いたような声も当然だろう。
空には太陽が燦々と輝いており、雲一つ無い。
こんな天気で雨が降るはずもないし、周囲には水気すらない始末だ。
彼は一体、何を指して雨が降りそうと言うのか。
「白と黒。混ざり合うけれど、灰色にはならない」
「え?」
「今は、黒の絵の具が多く入れられて、黒の方が白を塗りつぶそうとしている。だけれど、白は決して消えない。元々が白だからかな」
彼の独白を聞くスズカゼは、ただ困惑していた。
彼の言っている意味が解らない。
嗚呼、解らないはずなのに。
どうしてこうも胸を突かれるような気分になるのか。
「……雨が、降りそうですねぇ」
彼は再びそう言った。
言葉の意味は、相変わらず解らない。
けれど、スズカゼにはその言葉を否定する事は出来なかった。
聞き返すことも、同様に。
「おーい! スズカゼー!!」
そんな彼女を遠くから呼ぶ聞きおぼえのある、大きな声。
スズカゼは思わずその方向に振り向き、ある人物の姿を捕らえた。
薄暗い路地裏から走ってくるのは、ゼルその人だ。
彼女は彼の声に応えて片手を上げ、少しだけ微笑みを見せる。
取り繕うような笑みだったが彼女はそれで充分と思ったのか、踵を返して再びデューへと視線を向けた。
しかし、そこにあったのは、虚空だった。
「あれ?」
いつの間にかデューの姿は消えていた。
デイジーもサラも、彼が消えた瞬間を見た訳ではない。
彼女達もゼルの声に注意を向けていたからだ。
だからこそ、彼女達も気づけなかった。
そこに居たはずの男が、虚空に変わっていることに。
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