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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
569/876

長として、王として

【スノウフ国】

《大聖堂・元老院会議場》


「馬鹿馬鹿しい! 戯言に決まっておる!!」


外の吹雪など掻き消さんがばかりの怒声。

此所、スノウフ国大聖堂の元老院会議場にはそんな怒声や罵声がもう数時間近く飛び交い続けていた。

この国の中枢、政治について全てを取り決める元老院はそれ程に混乱していたのだ。

西の大国、ベルルークが起こした大侵攻に対して。


「早急に四天災者[断罪]を動かすべきだろう! 奴ほどの化け物であれば西の愚行など簡単に止められる!!」


「馬鹿な! 向こうにも四天災者は居るのだぞ!? 軍事力的に見ればこちらは劣っているのだから奴は防衛に置くべきだ!!」


「いや、そもそもスノウフ国に進軍してくるとも限らない。それ程の大侵攻であれば国すら捨てていると見るべきだ。ならばまず南国に攻めて資源を確保するだろう」


「ならばそれを遊撃してはどうか? 四天災者を防衛に置いて、[精霊の巫女]ラッカル・キルラルナに部隊を率いさせれば良い。四天災者相手でも、あの者であれば持ちこたえる事が出来よう」


「それは危険ではないかしら。軍事力的に考えれば北南同時進行すら考えておくべきだわ。だからこそ我々は防衛に徹するべきではーーー……」


最早、会談は堂々巡りとなっている。

防衛に徹して殻に籠もるか、遊撃隊を持って叩くか。

前者は四大国条約に反し、後者は国を危機にさらす。

彼等はこの二つの意見を二つの危険性によって反論し合い、進展しない会議を続けているのだ。

フェベッツェ教皇はその中心近くで座しながら、静かに瞼を閉じていた。

その両膝の上で、悴む手を重ねながら。


「……フェベッツェ様」


そんな彼女の足下に膝を突き、ガグルが推参する。

彼から報告を受け取ると、フェベッツェは何を言うでもなく立ち上がり、未だ意味のない議論を続ける元老院達の前に歩み出た。


「今、こちらにベルルーク国軍が向かっていると部下から報告がありました。総数、目算にて五百万相当。我が聖堂騎士団の数倍近くです」


彼女の一言は無駄に続いていた議論を刹那にして制止させる。

五百万ーーー……、一国の兵士として戦乱の中を生き残る為に鍛え上げられた五百万の殺意。

その気になればこの国など、か弱き民など刹那にして蹂躙できる者達。


「この状況に対応するには、まず防衛側と遊撃側を編成する必要があります。防衛側には聖堂騎士団長のダーテン・クロイツと同じく聖堂騎士ガグル・ゴルバクス、聖堂騎士ピクノ・キッカーを主力として騎士三十万。遊撃側には聖堂騎士団副団長ラッカル・キルラルナとキサラギ・エドを責任者として騎士七十万を配備します」


「馬鹿な! 遊撃の方に多く兵を配置するだと!? 我が国はどうなる!!」


「ダーテンが居れば防衛には事足ります。それより、優先すべきはツキガミ様の教えに背く者達の討伐です。命は守らねばなりません」


「そ、そうだ! 奴等が居たでしょう、鬼面族! 鬼面族は貴方と懇意にしてたはずだわ。彼等を使えば!」


「鬼面族とはあくまで不可侵条約を結んでいるだけ。……それに」


しん、と。

空気が刹那にして凍った気がした。

外に降り注ぎ、降り積もる幾千数多の霙が空気に伝播したかのような、悪寒。


「彼等は私の友人です。利用するなど金輪際口にしないでくださるかしら」


彼女の氷柱が如き言葉を切っ掛けに、無意味な議会は完全に停止する。

フェベッツェ教皇は片手を上げて、正式な命令としてガグルに先の件を伝える。

これは国防及び戦争終結への意思表明であり、何よりも。

スノウフ国の、大戦参加を正式に示す物だったーーー……。



【シャガル王国】

《王城・王座謁見の間》


「……ふー」


暗沌。

最早、この現状をどうする事も出来はしない。

例えシャークであろうとも、この状況を打破することなど出来るはずはないのだ。

嘗ての傭兵達による襲撃の為、兵士の再編成は不可能。資材も足りていない。

先日のツバメを中心とした騒動による負傷でシャーク自身も表に出ることの出来ない身だ。

かといってこの状況を見過ごす訳にも、いかない。


「……兄さん」


「情けない声あげんな、モミジ。俺だって今考えてる」


建前だ。本当は思い付きもしない。

元よりこの国の武器は資源。兵力や巨大な個の戦闘力でもない。

ベルルークやスノウフ、サウズのように四天災者が居ればと何度思ったことか。

嗚呼、そうだ。自分達には力などーーー……。


「オラ、このクソ野郎」


そんな国王を殴り飛ばしたのは、同じく王たる男だった。

否、王とは言っても大国の中にある薄汚い、貧困街という場所の王だが。

だが、その薄汚い貧困街の王こそが今この現状に苛まれ、苦悩する国王を殴る事が出来るのだ。

お前らしくない、と。ただそれだけの理由で。


「……何すんだよ」


「何ウジウジ悩んでんだ? 力がねェなら力がねェなりにやってみろや。大戦中に国を立て直したお偉い英雄様は何処行った? お前が親父ぶっ殺してまで手に入れたかったのは何だ? そんな事も忘れちまったのか? あァ?」


「だったら、どうしろってんだ」


「知るかよ、それを考えるのはお前だ。……ただ、自分が何を守りたいのか、よォく考えるこったな」


王座から転がり落ちたシャークを放置して、そのままデッドは踵を返して謁見の間を後にした。

流石に護衛である白き濃煙(ヘビースモーカー)のタヌキバはシャークの手当を、キツネビはデッドを咎めようとしたが、隊長であるスモークが双方を制止する。

奴等はアレで良い、と。


「……降伏するぞ」


その選択肢は当然の如く存在していた。

しかし、一国の王として選び取れと言うのは余りに酷。

自身の国を差し出すと選ぶのは、余りにーーー……。


「俺が守りたいのは国じゃねぇ。家族だ、国民だ、仲間だ。その為には、名前だけの国だろうが捨ててやるよ」


「い、良いんですか!? この国は、だって、先代が……!」


「あの男は国を守った。だから俺は守りたいモンを守る。……あの男が残してくれた国があるから、俺は守りたい物を守れる」


彼は自身の妹達を撫で、口端を緩ませた。

無垢な決意の笑みの元、シャガル王国はベルルークへの降伏を決定する。

資材という刃を受け渡し、その代わりに民達の安全を確保する事を選んだのだ。

そして同時に、大戦への不参加という選択肢も、またーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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