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獣人の姫  作者: MTL2
決戦・前
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機械の狂鬼

《C地区・軍訓練場》


「あっはー、やっぱお前化け物だわ」


ロクドウは確かに立っていた。二本の足で大地を踏み締めて。

ロクドウは確かに見ていた。数十センチ離れた二つの目で。

ロクドウは確かに空を掴んでいた。数メートル離れた自身の腕で。

ロクドウは確かに生きて居た。自身の中心に空虚という刃を差し込まれたままに。


「……お前に言われたかねぇよ」


時間を巻き戻すように、と言えば最も正しい。

ロクドウの身体はゼルの一撃によって切り裂かれた場所から逆順に再生していく。

致死であるはずの、肩筋から臓腑を経て腰元まで切り裂かれたその一撃を。

何と言うことはなく、当然の様に再生させるのだ。


「お前みてぇなのは二人目だ。確か再生者とか言ったか……」


「マジで? 俺だけじゃなく生き残り居たの? あの国は滅ぼされたと思ったんだけど……、まぁ、良いや」


自身の頭を鷲掴みにし、彼は自身の身を絞り上げる。

それによって完全に癒着した体を持ってしてロクドウは再びゼルの前へと立ちはだかった。


「やっぱりお前相手は骨が折れるね。いや折れてんのは体なんだけど」


「……お前相手だと緊張感に欠けるよ」


「だけど緊迫感は満載だろ?」


「反吐が出る程にな」


ゼルの疾駆。彼の姿は刹那にして消え失せ、常識を逸す質量がロクドウの眼球に映る。

構えからして解る。狙いは首筋。頭部と胴体を切り離すつもりだ。

かと言ってこれを下手に防御しても残るのは自身の下半身と上半身。どのみち一度は殺されるのであれば、だ。


「足掻こうかな」


ゼルの肩口から骨肉が吹き飛ぶ。大凡、拳の半分ほどの肉が欠けたのだ。

ロクドウは防御や回避という選択肢を捨てて、致命傷に成り得るはずもない一撃を選んだ。

死せぬ故の、選択肢を。


「ちィッ……!」


対するゼルはその激痛を感じるよりも前にロクドウの首根を撥ねた。

上半身もまた、彼の一撃による衝撃波で空圧や瓦礫に斬り刻まれる。

生存という言葉からかけ離れた現状。然れど、この男にそれは通じない。


「……」


ぐらり、と。

その身を揺らしながら、ロクドウだった肉塊は大地に崩れていく。

頭が吹き飛ばされたのだ。身体に命令を送る脳は大地の斬痕へ転がっていった。

今ならば殺せる。あの身体を完全に焼き尽くせば、殺せるはずだ。

―――――本当に?


「ッ……!!」


彼に刹那の戸惑いを落としたのは猜疑と激痛、そして束縛。

確かに心の中に迷いはあった。本当に殺せるのか、という迷いは。

だが、それ以上に。それ以上に、だ。

彼の身体は、鎖に縛られたかのように動かなくなっていたのだ。


「なッ……!」


強引に動かせた眼球が捕らえたのは、肩口で廻る紫透明の硝子細工。

自身の黒鉄を持ってすれば圧砕できそうな程に脆いであろう、硝子細工。

だが、その硝子細工こそが、たった今彼を縛り上げる鎖だった。


「紫薙武辿・封式……、の小型版だ。ちょいとお前の動きを止めるには充分だろ?」


耳障りな雑音など無視し、ゼルは義手から放出される魔力を増加させた。

鎖を砕くには充分な魔力の奔流だ。荒れ狂う荒波は柔い硝子細工など直ぐに粉砕する。

ロクドウはそんな様子に拍手を送りながら、嬉々としたように口元を歪ませた。


「流石に頭と心臓離されちゃキツいモンあるんだけどね。ま、お前にそんな事言っても無駄か」


「当然だろ。小賢しい真似しやがって」


「小賢しい? 戦闘に小賢しいもクソもあるかよ」


ケラケラケラ。

彼は軽やかに笑い、指先をゼルへと向ける。

それに対し、ゼルは自由になったばかりの光刃纏う義手を全面に出して、迎撃の態勢を取った。


「ぶっちゃけさ、俺はお前やスノウフ国のラッカルみたく強くねーんだわ。この不死身さとちょいと強い魔力、そして最高に冴えてる頭と最強の決まった顔だけが強みだしよ」


「……顔?」


「お前がつけた傷のせいで怖がられるけどな! バーカバーカ!!」


「で、何が言いたいんだよ……」


「あ、うん。何が言いたいかって言うと、俺って弱いからさ」


指が跳ね、天を指す。

軽く第一関節だけ曲げた程度の、見ようによっては挑発に思える動作。

ゼルはその行為に内心で首を傾げながらも警戒のために一歩下がろうとして。


色々仕込んでんのよ(・・・・・・・・・)


ゼルの両足を底面から貫く紫透明の刃。

大地を、彼の両足を貫いたのは違い無くロクドウの結界だった。

呼応するかのように彼の両腕が跳ね上がり、頭上にて交差する。

そしてその交差を釘付けるかのように貫く紫透明の槍。


「がッ……!?」


余りに刹那。

ゼルの全てを拘束したそれは紅色に塗れ、砂漠の小石転がる大地を濡らしていく。

彼の素手の中心に開いた風穴と義手に絡みつく紫透明もまた、紅を滴らせていた。


「待ってたんだぜ? お前の体内に俺の魔力を混入させる瞬間を」


ロクドウは自身の周囲に幾千の結界刃を召喚する。

一枚一枚の薄さは刃より薄い。その分だけ硬度は下がるだろう。

然れど人の皮や肉など、硝子で容易く裂くことが出来るもので。


「俺は弱いからよ。こうやって機会を待って待って待って、ハナから準備しといた仕掛け発動させて、やっと……」


この男はそうだ。いつも、そうだった。

巫山戯てケラケラ笑って冗談言って相手をイラつかせて。

そして最後に、本当に殺せるその時にだけ、本気の眼光を見せる。

この男が機械と呼ばれるのは忠実に任務を達成するだとか血も涙もない男だからじゃない。

相手を確実に、殺すからだ。


「お前を、殺せるんだよ」



読んでいただきありがとうございました

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