白炎と剛脚
《D地区・軍本部・廊下》
「崩脚撃ッ!!」
ファナは寸前で転がり回り、ヨーラの一撃を回避した。
つい数瞬前まで彼女の頭があった場所は砕け散り、幾多もの瓦礫がファナの衣服へ飛散する。
耳元に殺気の塊を感じながら、彼女は即座に両手へ魔力を収束させ、双腕より白煙を放出。
ヨーラへ魔術大砲を放つと同時に、その圧力を持ってその場から離脱を見せた。
「甘いッッ!!」
直後。
ヨーラは壁面へ突き刺した自身の脚を軸足として、即ち垂直体制による回し蹴りでファナの一撃を叩き落としたのだ。
大凡、人外依然とした身体的躍動。ファナの脳内を駆け巡る彼女の軌道予測が音を立てて崩れていく。
元より遠距離及び中距離を得意とする彼女と超近距離を得意とするヨーラでは余りに相性が悪過ぎる。
ただの接近戦を扱う相手であれば外に出るという選択肢もあっただろう。しかし、ヨーラほどの実力者相手には下手に外へ出て射線外への選択肢を与えるのは好ましくない。
三次元移動を行われては、こちらが不利になるばかりだからだ。
「……ッ」
手がない事は、ない。
自身の真螺卍焼を使えばこの通路一帯だけでなく、視界に収まる全てを吹き飛ばす事は出来るだろう。
しかし、その為の魔力収束と詠唱をヨーラが見逃すはずもない。彼女の一撃を無防備状態で受ければどうなるかなども、言うまでもない事だ。
ならば、どうする? この状態を打破する一手は何処にある?
このままジリ貧を続けて勝てる相手ではない。この女が内面に如何なる心情を持っていようと、ベルルークの主力が一つである事に違いはないのだ。
「どうしたんだい?」
壁面から脚を引き抜いたヨーラ。
絨毯の上に転がる瓦礫など気にも留めず、彼女はファナとの距離を詰めていく。
接近主体の彼女だ。距離を詰めるのは当たり前と言えるだろう。
だが、緩やかに歩いてくる彼女をそのまま誘うほど、ファナとて愚かではない。
「……舐めるなよ」
ヨーラの足下を直撃する魔術大砲。
瓦礫の幾多を超温により融解する一撃。無論、喰らえば人体など一溜まりもない。
だが、ヨーラはそれを跳躍して回避。彼女とて魔術大砲を自ら喰らう程阿呆ではなかろう。
「馬鹿が……!」
それを狙っていた。
ヨーラが跳躍し、空中で身動きが取れなくなることを。
ファナは両腕を交差させて空中に浮く彼女へ魔術大砲を撃ち放つ。
不可避の一撃。防御すら貫通する一撃。致死の、一撃。
「舐めてるのは、アンタだろう?」
だが、先にファナが思想したようにヨーラとて軍事大国で主力に数えられる実力者だ。
魔力が収束された超温の一撃を、同じく魔力を収束した脚撃によって弾くなど容易い事であり。
そして何より、その場からの加速によりファナの意識外へ滑り込むことさえ、彼女からすれば容易い話なのだ。
「……恨まないでおくれよ」
「あぁ、貴様もな」
ヨーラの腹部を貫いたのは極小の魔術大砲だった。
ファナから放たれた物ではない。ヨーラの背後から、彼女の意識と視界の外から打たれた一撃だ。
それを回避出来るはずもなく、彼女は自身の腹部に極小とは言え風穴を開ける事になったのである。
「何っ……!」
後方、彼女の瞳に映ったのは自身を空中に浮かせた一撃目により溶解された瓦礫の数々。
そして、その付近に散らばる焼け焦げた硝子の残骸。
「まさか、アンタ……!!」
「多少威力を抑えても人体を貫く程度は出来る。舐めたのは貴様だったな」
ヨーラは失速し、膝から地面に墜ちていく。
例え極小であろうとも臓腑を貫いた一撃であるのに変わりはない。
幾ら外面を鍛えようとも内面は鍛えようがない。獣人のように生命力の強くない人間であれば、尚更だ。
「……死んだ、か」
俯せに倒れたヨーラが動くことはない。指先すら、動かない。
微かにドレッドヘアーの隙間から見える顔色は酷く淡い。
一目見れば尋常ではない状態という事は、直ぐに解った。
「…………」
この女は、ベルルーク国の狂気に巻き込まれたのだろうか。
だが、そのような素振りはなかった。本当に知っていて、本当に嫌ならば他に幾らでも逃れる手はあっただろう。
ならばこの女とて心の何処かに狂気を孕んでいたのか? この国で育ったから逃れられぬ鎖に巻かれていたと言うのか?
「……いや」
考えるだけ無駄だろう。この女は、ヨーラ・クッドンラーは死んだ。
スズカゼやハドリー達には何と言うべきだろう。自分が殺したと言えば奴等はそれを飲み込むと思う。
だが、それは、何と言うかーーー……、気持ち良くない。
「ふん」
所詮は後の事だ。放っておけば良い。
今はベルルークの動向を調べるべきだろう。大陸を跨ぐのだからサウズ王国に到達するまでは時間が掛かるだろうが、それはこちらも同じ。
より早急に情報を得てサウズ王国に報告するため戻らねばーーー……。
「行かせないよ」
背を砕かれた気がした。
比喩ではない。自身の骨肉が裂かれ臓腑が飛び散り、眼前に自分が広がる気がしたのだ。
後方、死したはずの女が立ち上がっている事など、最早どうでも良い。
ただ今は耐えることしか頭になかった。その、沼のように自身を沈め込む殺気を。
「……臓腑を、焼いたはずだが」
「ベルルーク国は独自の魔力回路構築技術を持ってるのさ」
魔方陣という、詠唱無くして上級魔法及び魔術相当の威力を発揮させる事が出来る技術を、と。
彼女はそう付け足し、最早血液一滴たりとも流れていない腹部を露出させる。
否、露出させたのではない。脱ぎ捨てたのだ。
無駄な風力抵抗を一切受けない、自身の力が最大限に発揮される形へ変わる為に。
「……悪いね、まだ死ねないのさ」
「狂うか、貴様……!!」
「違う。狂っていた、だよ。……ファナ・パールズ」
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