黒鉄と紫透明
《C地区・軍訓練場》
「兵力増強は布石だった。四大国条約ですら偽装だった。そうだな?」
「二度に渡るシーシャ国捜査も含めといて。二回目は俺担当だったし」
「……そして各国襲撃も、だろう?」
「あ、知ってたのか。それ今から衝撃の発表するトコだったんだけどさぁ」
最早、酷く閑散としてしまった軍訓練場。
そこには幾多もの戦闘痕があると同時に、二人の人影があった。
彼等は共に、一手を持って相手の首音を撥ねる事が出来る実力を持つ。然れど、二人は未だ何度かしか攻撃を交わしていない。
それよりも多く交わしているのは他でもない、酷く温度差のある言葉だ。
「……シーシャ国でスズカゼや[剣修羅]のシンを襲撃したのはお前か」
「そうだよー?」
「そしてスズカゼやジェイド達が初めて北国の聖堂騎士達と遭遇した時も」
「そうそう、あの時は俺の担当じゃなかったけどさ」
「何故だ? あの滅国がお前達にとって何の価値があった?」
「悪いな。戦争の理由は言えても、その理由だけは言えねぇんだよ。命令だからな」
ケラケラケラ、と。
殺意の充満するその空間で、彼は嗤う。
酷く鼻につく笑い方だ。人を小馬鹿にしたような、いいや、事実小馬鹿にしているのだろう。
この男と戦ったのは、数度。大戦中に幾度か戦った程度でしかない。
その度、この男は決して手の内を明かしきらなかった。例え死にそうなその時でも。
ロクドウ・ラガンノット。この[封殺の狂鬼]と称されるこのは、命令を絶対的に遵守する。
故に、恐ろしい。まるで道化師の皮を被った機械のように思えて。
「……戦争を起こした理由は言えると言ったな。ならば問う。貴様等が戦争を起こす理由は何だ?」
「あー、バボック大総統は巫山戯て言わなかったけどさ。実際、あの人が戦争起こす理由は二つ。退屈だから、そして狂ってるから、かな」
「そんな理由に兵士は付いていったのか?」
「幾ら大義名分だの素晴らしい説法だので塗り固めようと、動機はそんなモンさ。女が抱きたい、豪遊したい、豊かに暮らしたいーーー……。戦争だけじゃない。何かをする理由なんて単純なモンだろ?」
「……それでも、自身の大国を見捨ててまで行う必要性があったのか、って聞いてんだよ」
「見捨てるなんて言うなよぉ。一応はエイラ中尉を責任者として残してんだから」
「それでも見捨てた事に変わりはねぇだろ」
「まーね。んで、必要性に関しては……、無い。絶対無い! だってお前、利益不利益で見るだけならあの人は大馬鹿者だぜ? 本来なら四大国条約を結んでこっちの準備が整い、傭兵共に襲撃を掛けさせた時点で戦争を仕掛けるべきだった。それをよぉ? 大国共が多少回復するまで待ったんだぜ? スズカゼ・クレハに会いたい一心で!」
「何で、スズカゼなんだ? アイツがいったい、何を……」
「だって世界の中心になる女だもん、アイツ」
ケラケラケラ、と。
渇き、仮面のように剥がれる笑い声。
ゼルはその声を前に、ただ口端を結ぶ事しか出来なかった。
彼女が度重なる事件の中心に居続けたのは周知の事実だ。
だが、それは世界の中心と称すほどの事か? いいや、そんなはずはない。
ならば、この男は何を持って世界の中心と称す? あの小娘の、何をーーー……。
「まっ、お喋りはこの辺りにしとこうか。俺もそろそろ本隊と合流しなきゃならねぇし……」
「それは、俺を殺して、か?」
「別にそこまでは命令されてねーけど、出来るなら、とは言われたかな。ほら、俺って大戦中にお前に負けたじゃん? その再挑戦って感じでさぁ。顔の傷も疼くし……、右手は疼かないけど」
「……お前は、負けねぇだろう」
「ん、あぁ、そうだな。俺は負けない。絶対にな。……勝てるかどうかは絶対じゃないけどさ。あれ? 俺って超中途半端じゃない? ハッキリしないから女にモテないのかな? 未だに嫁さん貰ってないんだけど……」
「知るか」
黒鉄の義手が唸りを上げ、白銀の光を放つ。
彼は自身の封を解く、鉄縛装・解除を即座に発動したのである。
最早、刀は使わない。その程度で相手取れるほど、この男は甘くない事を知っていた。
「手加減ナシ? マジで? え、ちょ、少しぐらい優しくしてくれても良いのよ!?」
「お前相手に手加減してたらこっちが殺されるんでな」
傷だらけの顔が醜く歪み、牙を剥く。
道化の仮面は剥がれ、その下から這い出るは鬼人が如き修羅の顔。
幾多もの刃を司る紫透明の結界を展開し、その修羅が如き男は緩やかに歩を進む。
「前々から思ってたんだけど、もっとさぁ、気楽に行こうぜ? お前みたく張るモン張ってたら過労死しちまうよ」
「お前見たく楽観的に生きられねぇんだよ。俺は、一度しか死ねないからな」
「死生観なんてぶっ壊せよ。餓鬼の頃に読んだお伽噺をまだ信じてるクチか? お花畑のお姫様なんて居ないんだぜ? サウズ王国なんて戦場の女王様じゃねぇか」
「否定はしねぇさ。だが、お前みたく生きる肉塊にもなりたくねぇモンでな」
「……あぁ、そりゃそうかもな」
僅かに、空の感触を確かめるが如く僅かに、ロクドウの中指が曲がる。
刹那として放たれた結界の刃。寸分狂い無く首音を狙うその一撃に対し、ゼルは全力で白銀の刃を振り切った。
砕け散る紫透明。抑止される事なく空を裂く白銀。
それを制止させるは幾千の紫透明による、盾。
「んじゃ、動かない肉塊になってみるか?」
「……遠慮しとくぜ、クソ野郎」
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