賽は投げられ転がりて
【ベルルーク国】
《C地区・軍訓練場》
「……これは、どういう事だ?」
ゼルの眼前に居たのは、幾千の兵士。
そしてその筆頭としてバボック大総統とロクドウ大佐。
彼等はただ、そこに居る事が当然とするかのように、佇む。
「解りきった事を問うのは無意味だよ、ゼル・デビット」
「解りきったこと? テメェ等のイカれたこの行動が、か?」
「イカれてるのは世界だ。俺達はそれを正す。それだけだよ」
一歩、ロクドウは歩み出す。
自身の金髪を掻き上げながら、顔面の傷に指を伝わせて。
周囲に紫透明の結界を纏いながら。
「……四国大戦を、再び起こすとでも?」
「だから言っただろう」
バボックは煙草の先を毟り、部下に火を灯させる。
感慨深そうにそれを味わった彼は微笑み、嬉々として嗤い、そして。
猛毒の甘露を、垂らす。
「解りきった事を問うのは無意味だよ」
ゼルの一撃。
義手の制御を一切解除した一撃。
周囲の兵量だとか眼前の脅威だとか猛毒の賀露だとか。
そんな物全てを無視するほどの、殺意。
「紫薙武辿・封式」
光速に到るその一撃を防ぐは紫透明。
威力の全てを結界によって封殺し、直後に立つバボックへは薄皮一枚の傷さえ届かせない。
ロクドウは何ら変わらない表情の元、後方へ視線も向けず酷く面倒臭そうな言葉を上官へ吐いた。
「もう挨拶は終わったでしょ、大総統。元々、アンタの我が儘でスズカゼ・クレハを待ってたんだ。俺ぁアイツに会いたくもねぇってのに」
「シーシャ国での一件かい? 君らしくもない」
「だって怖いし……」
「いや、やはり君は君らしいよ」
バボックは踵を返すと共に、隣のネイクへ合図を送った。
ネイクは一度だけ頷きを見せると大きく手を上げ、部下達へ命令を伝達する。
進軍せよーーー……、と。ただそれだけの、命令を。
「行かせるとでも?」
「行かさせるとでも?」
部下達は骸のように死んだ眼で進んでいく。
振り返り、敵と上官の激闘を見ようとすることはない。
軍属として鍛えられたからというのもあるだろう。
自分達では何の役に立たないという事もあるだろう。
だが、だがだ。それ以上に、どうしようもなく、果てもなく。
見れば死ぬと、知っていた。振り返れば死ぬと、知っていた。
ロクドウの絶技を持ってさえ、それを抑えるのが手に余る行為だと感じられたから。
「化け物、ですか」
「化け物だね。彼等は生物として、人間という種の極地に到った存在だ。化け物と称すに値する」
「……解っていたのでしょう? スズカゼ・クレハを待てば彼が来るであろう事ぐらいは。だと言うのに、どうして待ったのです? もっと前に行動を起こせば、それで良かったのに」
「何故だと思うね?」
白煙巻き上げ、列の中心を進む男。
彼の嬉々として垂れる猛毒の甘露を見るより前に、ネイクは答えなど知っていた。
この男だからこそ、と。その一言だけで事足りてしまう。
忌むべき大戦を再発させる事も、自らを窮地に追い込む事でさえ。
バボック・ジェイテ・ベルルーク。この男にはそれが免れるはずもない、生き様なのだと。
《D地区・軍本部・廊下》
「……お前までも、か」
「あぁ、その通りさね」
最早、誰も居なくなったベルルーク国軍本部。
もぬけの殻となったその場所にある人影は二つ。
「大戦を起こすのを知っていて、我々を嘲笑っていたのか?」
「そう出来れば楽だったんだけどね。どうにも私はまだ甘いみたいさね。アンタ達と過ごした時間に戻れるのなら、今はただそうしたいと願える」
「ならば、何故こうして私と対峙する? 抗おうとは思わないのか?」
「抗えないさ。この国で生まれ、この国で育つってのはそういう事だ」
「……その生まれ育った国を捨てるのか? 貴様等の進軍に民は考慮されていない。これ程愚かであれば、それは」
「解っているさね。この国は死ぬ。民は既に見捨てたのだからね」
「貴様等……、これは戦争ではない。自殺だぞ」
「それで良い。こんな国、死ぬのなら、それで」
パキン、と。
真紅の絨毯に包まれた廊下に奔る亀裂。
ファナの毛先を焦がさんがばかりの殺気を前に、彼女は双腕を交差させる。
その掌に纏うは白炎。その瞳に纏うは闘志。その身に纏うは殺意。
「崩脚撃ァアアッッッ!!」
「白炎の盾ッッッッ!!」
激突する豪脚と白炎。
衝撃は周囲の硝子と装飾を蹴散らし、爆炎に近しい衝撃波を生む。
衝撃波が尽きる果てなくして廊下を喰らい下そうと、二人が止まることはない。
一撃の衝突を持って闘志と殺意を交差させ、不止の連撃を互いの急所へと撃ち込んでいく。
無論、それが一撃でも直撃すれば戦いは終わるだろう。どちらかの死という形を持って。
「何故、戦争など起こした」
衝撃という激震の中でファナは問う。
掻き消されそうな程の囁きが届くはずもなかろう。
然れど、ヨーラの耳には確かに彼女の言葉が爪痕を残していた。
幾度となく自問自答を繰り返したその言葉だからこそ、届いたのだ。
「狂ってるからさ。私も、あの人も、この世界も」
脚撃と細腕が交差し、刹那の静寂を宿す。
炎は脚を燃やせず、脚は炎を砕けない。
双方はただ表情に悲嘆を宿すことも後悔を宿すこともなく。
その命を絶つが為に、眼光を混沌の渦へと投げ込んだ。
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