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獣人の姫  作者: MTL2
二人の護衛
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第三街見回り途中にて

【サウズ王国】

《第三街南部・住宅街》


「あの、落ち着いて、ね?」


尻込みするデューには、白銀の刃と漆黒の銃口、そして子供達の睨み付けるような視線が向けられていた。

別に彼が何かをしたという訳ではない。

ただ、普通に歩いて彼女等に近付いただけだ。

だが、考えて欲しい。

少しばかり過剰な例えだが、殺人現場に血まみれの包丁を持った男が居たらどう思うだろう。

少しばかり悪意ある例えだが、幼稚園に肥満体型のオッサンが柵を乗り越えて入っていったらどう思うだろう。

前述のそれは現場で凶器を回収した刑事かも知れない。

後述のそれは幼稚園で柵を直していた用務員のオジサンかも知れない。

しかし、評価というのは人がする物で。


「貴様、何者だ!? 不審者か!」


「うふふふふ……、白昼堂々とは良い度胸ですわぁ」


「悪ふざけが過ぎますって、いや本当に。俺は怪しい者じゃないですから……。ちょっと獣人の姫を一目見たくてですね……」


「信用できるかぁ!!」


「あの、流石に私を狙うにしても、こんな白昼堂々は来ないと思うんですけど」


「油断してはなりません、スズカゼ殿! いつ、如何なる時でも狙われていると思わなければ!!」


「流石にそれは言い過ぎですわ」


「サラぁ! 貴様は自覚が足りなさすぎる!!」


「国外ならまだしも、国内でそれでは気が抜けませんもの」


「護衛が気を抜いてどうするのだ!? 我々の役目はスズカゼ殿を守ることだろう!!」


「スズカゼさんより弱いのにそれは説得力がありませんわねぇ」


「よぅし、良く解った! 銃を抜け、サラ! 今すぐここで貴様より強いことを証明してやる!!」


「あらあら、こんな所で戦い出すと団長に大目玉ですわぁ。と言うより、あの人の胃の方が心配ですけれど」


ぎゃあぎゃあと言い争う二人に、スズカゼとデュー、そして子供達は呆気にとられていた。

先程まで子供達に警戒されていたスズカゼとデューの方に彼等は寄りついている始末だ。

この状況では最早、不審者はどちらか解らない。


「おい、何をしている」


そして、そんな不審者同士の、正しくは一方的な言い争いを止めたのは黒豹の獣人だった。

彼は二人の肩を掴んで引き離し、どうどうと馬を落ち着かせるようにぐーっと距離を取らせる。


「き、貴様! ジェイド・ネイガー!!」


デイジーは咄嗟に彼の方向へと体を向けるが、ジェイドに戦闘意思はない。

その様子に少しばかり拍子抜けしたのか、彼女は体の力を軽く弱めた。

その為に緊張が解けたのか、彼女は周囲を見渡して、自分が如何に昂揚していたかを知る。

気恥ずかしそうに肩を落とした彼女はそのまましょんぼりとスズカゼの隣へ戻っていった。


「……全く、喧嘩するのは結構だが、せめて人目の付かない所でして欲しい物だな」


スズカゼの隣に隠れるように位置するデイジーはむぅ、と頬を膨らませるが、反論の余地がないと見てさらに肩を落とした。

そんな彼女の様子を見て、サラはおかしそうにクスクスと笑っている。

再びデイジーは彼女に食って掛かろうとしたが、ジェイドの眼光に肩を竦ませるしかなかった。


「貴方がジェイド・ネイガー?」


そんな彼女達の隣で、先程まで呆然としていた男。

彼、デューは急にジェイドへと話しかける。

突然だったのでジェイドも少しばかり反応が遅れたが、あぁ、そうだと言葉を返した。


「へぇ……、貴方が」


兜で表情こそ見えないが、デューは興味深そうに、しみじみとその言葉を述べる。

呆気にとられていたスズカゼと子供達、そしてさっきまでいがみ合ってたデイジーとサラの視線すらも。

既にそれらはジェイドとデューの間に向けられている。

スズカゼの知る限り、いや、第三街で生まれ育った子供達や、騎士団に所属しているデイジーとサラですらも。

彼等の間に何か因縁があった事など知らないし、面識があったかどうかすらも解らない。

それでもデューの口振りは彼を知っていたような、そんな物だ。


「申し訳ないが、俺は貴様を知らない。人違いでは……」


「[闇夜の月光は紅色の大地に降り注ぐ。故に、闇月]」


その言葉が何だったのか。

何かの呪文か、キーワードか、暗号か。

何にしろ、それを理解出来た部外者は居ない。

だが、その言葉は。

そのたった一言は。

子供達の全身を凍り付かせ、スズカゼの背筋を刺し貫き、デイジーとサラの手を武器へと伸ばすには。

ジェイドの眼光が今までに無いほどの殺気を帯びるには、充分だった。


「黙れ」


「……あれ? NGワードでした? これ」


「口は災いの元だぞ、甲冑男」


ジェイドは踵を返し、その喰い殺すような眼光と剥き出しになった牙を隠すように小走りで歩き去って行く。

その後ろ姿を皆の視線が追うが、言葉と体は動かなかった。

いや、動く事が出来なかった、というのが正しいだろう。

子供達は勿論、スズカゼやデイジー、サラまでもが。

彼のその異常な様子に何も言えず、ただ怯えていた。


「……あの、今の、言葉の、意味って」


スズカゼは途切れ途切れに、どうにか問いをデューへと向ける。

あのジェイドが、何の理由もなくアレほど怒るはずがない。

だが、必死に問いを投げかけた彼女に帰ってきたのは、兜の奥から零れてくる軽快な声だった。


「本人が隠してるなら、俺から言うのは野暮ってモンですので。お口にチャックですよ」


兜越しに、口元へ線を引くデュー。

こうなっては彼が先程の言葉の意味を述べる事はないだろう。

そして、それを知る必然性はない。

故にこれ以上の追求は無駄でしかない事は、スズカゼとて重々承知していた。


「……な、何はともあれ! 先程は騒いで申し訳なかった!! そこで、どうだろうか、旅人殿。お詫びに食事を奢ろう!!」


「えっ、良いんですか!? 本当に!?」


デューは先程とはまた違う軽々しい声で、飛び跳ねるように喜んだ。

聞けば彼はスズカゼを一目見た後に昼食に向かおうとしていたらしい。

どうやら、旅人やギルド内部でもスズカゼの事は噂になっているようだ。

彼女の様子は話の種にもなるのだろう。

この国に立ち寄った理由の一つとしても、それがあるらしい。


「それじゃ、行きましょうか! 早くお昼も食べたいので!!」


「割と図々しいな、この人……」



読んでいただきありがとうございました

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