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獣人の姫  作者: MTL2
西国にて鐘は鳴る
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受け身と猜疑


《第三街東部・東門前》


「んじゃ、出発前の点呼取るぞー」


普段になく上機嫌なゼルの言葉に反応する者は誰も居ない。

いや、ヨーラぐらいは視線を向けてきたのだが、その他二名は露骨に無視をしている始末。

まぁ、一人に関しては当然と言えるかも知れないが。


「ヨーラ」


「あいよ」


「ファナ」


「……ふん」


「荷物」


「荷物って何だチクショウ」


今回、ベルルークに向かう人数は四名。

まず使者としてのヨーラ、そして荷物と護衛のゼル、ファナ。

戦力的に見れば一国に攻め入るのかと思える程の物だが、今回向かうのは西の大国である。

謝罪の為に向かうワケだが、彼等の心配事はそこではない。

西の長、バボック大総統の嫌味ただ一つ。


「つーかその嫌味を受ける当人が荷獣車に乗せられるってどうなの? 伯爵ですよね、私」


「よーし、んじゃ出発するぞ。異論は却下だ」


「納得出来ねぇえええええええええええええええ!!」



【サウズ平原】


「…………」


眼前の楽しそうな光景を覗きつつ、少女は口先を伸ばしていた。

否、実際は前の獣車内は非常に重圧な雰囲気であり、少女が思っているような楽しい空間ではない。

然れど今の彼女からすれば言葉すら容易く発せられないそこですら楽しく見えるのだ。

自分の周りに荷物しかない空間からすれば、そこが、とても楽しく。


「…………はぁ」


まぁ、一度落ち着こう。気分を切り替えよう。

思えばこうして一人だけの空間になるなど滅多になかった事ではないか。と言うか今まで自分が全力で突っ込んでいっただけなのだが。

兎も角として、こうして一人になったのだから、久々に現世のことを考えよう。

師匠という存在もあって、もう目が逸らせない状況になってきている。その時考えれば良い、と。そう言えない状況に。


「実際、どうかな。師匠は戻る手段はないと言っていたけど……」


この世界に来て、どれぐらいになるだろうか。

一年か、それ未満。現世同様に季節はあってもそれに際したイベントがないものだから、どうにも感覚が狂ってしまう。

無論、それだけでなく自身の周りを渦巻く様々な事件や出来事のせいというのもあるのだろうがーーー……。


「……」


事件や出来事、か。

先日のギルドの一件。あれを、自分の中でどう処理すべきなのだろう。

三武陣(トライアーツ)の皆には恩がある。ヴォルグやヌエも顔見知り程度ではあったが、歴とした知り合いだった。

その二つがぶつかり合って、殺し合った。そして、ヴォルグとヌエが死んだという。

三武陣(トライアーツ)の皆を信じるか? ヴォルグとヌエを思うべきなのか?

そのどちらかを選べなど、余りに酷ではないか。


「…………」


いや、違う。知るべきなのだ。

自分が現世に戻れないという事を示すのは、師匠の言葉だけだ。

この一件でさえ、自分は表側しか、上っ面しか見ていない。

それだけで全てを解決するなど決して不可能だろう。

知るべきなのだ、今。自分は。


「……さて、と」


知ってどうするかは、やはりその時にならなければ解らない。

果てしなく馬鹿らしい話ではないか。結局、自分はいつだって受け身だ。

幾ら考えても幾ら進んでも幾ら突っ込んでも、結局は受け身。

何かに翻弄されているかのような、受け身でしかないのだ。


「けど」


受け身だから、何も出来ないワケじゃない。

相手が見えたのならば迎え撃とう。相手が来るなら切り伏せよう。

それを成すだけの力があるから。それを成すだけの力を持っているから、こそ。

自分は出来る。成せる。やってみせる。


「……はぁ」


尤も、だ。

今から受けるであろう嫌味は力を持って越せる話ではない。

多少の度胸は付いただろう。だが、それは所詮、力があるからの虚勢に過ぎない。

そんな物はあの男なら容易く見抜く。いや、それだけではなく見抜いた上で利用し、嘲笑う程度はやってのけるだろう。

嘗て脆弱な心を持っていた自分が実際に受けた悪意だ。解らぬはずがない。


「解らないはずはない、けれど」


受け身は全てを受けるだけではないーーー……。

あの男が如何に嫌味を言ってくるのか、如何なる悪意を向けてくるのかは解らない。

それでも自分が何もかも受けて済ますなどと思うな。悪意を向けてくるなら斬り殺そう。その悪意の果てまで紅蓮の焔で焼き尽くそう。

自身の心内で燻るほどの紅蓮。未だ轟々と燃え盛る炎が、その悪意を喰らい尽くす。

愚直であろう、阿呆であろう、傲慢であろう。

それでこそ、自分はーーー……。


「……傲慢?」


何故だか、ふと、ヴォルグの顔が自信の脳裏に映った。

あの男の傲慢は決して愚かな物ではなかった。いや、愚かであったが愚かではなかった。

人としての生き様というか、あの男の中にある傲慢はただ自身の心にある贅肉を揺らしている物ではなかったのだ。

なればこそ、その傲慢とは。

あの男が持っていた傲慢は、自身の心内にあるのではないだろうか。

あの男と自分は何処か似ている、と。そう思えるのだ。


「……似ている?」


どうしてそんな事を思うのかは解らない。

然れど、自身が呟いている。あの男と自分は何処か似ていると。

それが何なのかは、決して解らないけれどーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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