西への旅路
「す、スズカゼさんは相変わらずですね」
「……うむ」
ファナと別れた後、ジェイドとハドリーは街中を歩きつつ言葉を交わし合っていた。具体的にはギルドの件に着いて、だ。
最近はスズカゼについて国外へ出ることも減ったハドリーにとって、やはり彼女が外で何をしているかは気になることが多いのだろう。
まぁ、大抵は何をしているかなど予想は付くのだが。
「彼女の実力も相当な物になってきた。恐らく、もう俺などは必要ないだろう」
「そんな事はありませんよ。アレでも彼女はおん……、女の、女の子、なん、何ですから……?」
「疑問系になるのも当然だな」
「でも、彼女は貴方のように戦場に出た身ではありません。いつか壊れてしまいそうで……」
「それを表から支えるのはお前だ。裏から支えるのは俺だ。これからもまた、迷惑を掛けるだろうが……」
「いつもの事ですよ、ジェイド。例え貴方が闇月に戻っていても、私はスズカゼさんと貴方を支え続けます」
ハドリーは何処か悲しそうに、いいや、揺らがぬ心を含めた笑みを見せる。
彼女の笑みはいつもそうだ。戦う力があるワケでもない、ズバ抜けた情報収集力や卓越した医学知識があるワケでもない。
それでも、彼女の笑顔には任せられる。自分の背中を、任せることが出来る。
「姫を頼む。彼女はやはり、俺には眩し過ぎる」
「はい、勿論ですよ。ジェイド」
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「えっ、また俺?」
「あぁ、貴様だ」
「……俺? マジで?」
「そうだ。貴様だ」
端的に言おう。ゼルは逃げた。
そして数秒後にはデイジーとサラによる必死の妨害でファナに捕まった。
彼はそれでも諦めない。全力で逃げようと藻掻き、そして。
丁度暇潰しと反省から帰って来た少女の脚撃によって、天井へと頭を突き刺したのである。
「何事ですか、これ」
「いや貴方が何事ですか!?」
「……だ、団長が木の実のようにぶら下がってますわぁ」
「首が折れていない辺り流石だな。まぁ、死んではいないだろう」
「ゼル様……。あぁ、また天井の修理費が……」
取り敢えずゼルの頭を引き抜いてソファに寝かし、そのまま顔面に適当な布を被せておいて、彼女等は話しに移る。
数日後、ベルルークへの出発日程だ。前回一度行った事はあるし、単なる確認に過ぎないが、まぁ、必要な事だ。
移動に数週間、砂漠超えの為に途中の街で食糧の確保など。
やることは様々だが、今回はヨーラも居る。慣れた彼女が居ればもっと順調にいける事は間違いない。
「……すいません、これって」
「何だ、スズカゼ」
「逆方向に行っちゃ駄目なんですか? 東から北、東から南ならまだ解りますけど、東から西なら反対方向へ行った方が早いんじゃ」
「馬鹿か、貴様は。ロドリス地方の話を知らないのか?」
「あー、ジェイドさんの宿題でありましたねぇ。あの辺りは暗記だったから直ぐに頭から抜けちゃって……」
ファナは面倒臭そうに頭を掻き毟り、露骨なまでに舌を打つ。
このまま説明までさせたら魔術大砲が飛び交うと見たデイジーとサラは、慌てて自分達が説明しますと立候補する。
メイドはメイドで秘蔵のお茶とお菓子を用意し、素早くファナの前へと置いてみせる。
「……ふん」
一先ずファナの機嫌が抑えられたことに安堵し、デイジーとサラはロドリス地方への説明を開始する。
メイドは皆の為にそれぞれ秘蔵のお茶とお菓子を用意するも、ゼルが楽しみに置いておいた物だと思い出して一瞬考え、取り敢えず出すことにした。
「そ、それでですね、スズカゼ殿。ロドリス地方というのは一言で言うと未開の地なのです」
「人が住むのに適さない地だと聞いていますわ」
「大国間でもあの場には侵行するな、と条約が交わされている程ですからね」
「正しくは大幅な進行を赦さないのであって、一切立ち入るなという意味ではないのですけれど」
「へぇ、成る程。昔からなんですか? それって」
「いえ、嘗ての大災害が発端だと聞いています。四国大戦の最中に何度か大災害が発生したそうで……」
「……人が住めないと判断するほどの、大災害」
「えぇ、それはもう酷い物だったと」
そうまで言われては流石にここを進もうとは言えまい。
しかし、大災害とはとんでもない話だ。人間住もうと思えば何処でも住めるというのは、何処ぞの不死身野郎と黒兜が証明している。
しかし、彼等だけでなく、人間はさらに本気になればもっと過酷な状況下でも生きていけるだろう。
それが諦めなければならない程だと言うのだから、余程ーーー……。
「兎も角、だ。スズカゼと私、そこで寝ている阿呆とヨーラ殿が行くのはこの進路になる。ロドリス地方を通るなどという事は赦されない」
「ちぇー。まぁ、皆さんと長く居られると思えば……」
「……貴様は荷獣車だ」
「またかよチクショウ!! これでも伯爵ですよね、私!! 伯爵が荷獣車て!!」
「貴様の前科を考えろ。本来ならゼル男爵共々別の馬車を用意するはずだったのだが、当人の胃を考えての手配だ。貴様個人に獣車を手配するなど勿体ないんで、こういう配慮になった」
「納得出来ねぇ!!」
結局、彼女の反抗虚しく旅路の計画はそれで決定することになる。
終ぞ獣車すら用意されなくなった伯爵に権威はあるのか。いや、ない。
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