それぞれの場所で三者三様
《第二街・大通り》
「ありゃ」
「あ」
「おや」
彼等は第二街の大通り、様々な人々が行き交うその場所で三者三様の声を上げた。
スズカゼ、バルド、デュー。端から見てもイロモノ三人組だが、中身も若干イロモノ三人組である。
彼等は数秒ほど相手が何か言わないかを待ち、やがて静かにバルドが口を開く。
「どうしたのかな、スズカゼ嬢。ゼルの邸宅で休んでいたと思うんだけれど」
「えぇ、確かに休んでたんですけど、ゼルさんがお前の顔見てると胃が痛いからって言って出て行けとか言うんですよ! 酷くないですか!?」
「確かにそれはちょっと酷いですね。原因がスズカゼさんだから完全にゼルさんが悪いとは言えませんけど」
「そりゃそうですけども……。序でにちょっとデイジーさんに抱き付いて体中触りまくっただけなのに」
「うん、それも原因だね」
一切表情を崩さないバルドと一切表情が見えないデュー。
スズカゼからすれば二人が何を思っているかなど知る由もない。
そう、例え心の中でこれが第三街領主なのかと呆れられていようとも。
「で、何でバルドさんとデューさんが一緒に居たんです? 珍しい組み合わせじゃないですか」
「ギルドの一件を聞いていてね。一応は後処理なんかも私の役目に含まれるから……。尤も、今回はそういう意味は薄いのだけれど」
「薄い? 何が?」
「貴方も感じたと思うけど、今回のギルドでの一件は余りに奇妙なんだ。君が国の問題に突っ込んだり巻き込まれたりすることは今まで何度かあった。けれど、それらは全て存在していた壁だった。しかし、今回のは用意されていた、或いは用意された壁だ。まるで君のためにーーー……」
「はぁ、壁……」
壁、と。
彼はそう称す。あの出来事を、壁と称した。
確かにそれは言い得て妙かも知れない。確かに壁だ。
突如目の前に現れて行く手を阻んだ、あの壁。
その向こう側では自分の存ぜぬ出来事が巻き起こっていた。景色も音も、全てを遮るその壁の向こうでは。
確かにその通りだろう。壁とは乗り越えるものであり、守るものであると同時に、阻むものでもあるのだから。
「まぁ、バルドさん。取り敢えずスズカゼさんにも話を聞いてみては? 彼女だって主要人物の一人ですし。俺はずっと個人的な戦いをしてましたから、もしかすれば彼女の方がよく知ってるかも……」
「いえ、結構ですよ。あくまで概要だけを知りたかった程度ですからね。……それよりお礼の方をしますよ」
「あぁ、それは有り難い! いやホントに!!」
「お礼? 何をするんです?」
「食事を奢るんだよ。そこそこ高いお店で」
「やっとね、やっと食べられるんですよ。美味しい食事が! いや獣椎のも充分美味しいけど、最近はワインも飲んでないからさ……」
「切実ですね。急に高級料理とか食べたら体が吃驚するんじゃないですか?」
冗談だった。それはただ、小話めいた冗談のはずだったのだ。
ただ、バルドの仮面のような笑みとデューの兜が少し揺れれば、と。
そう思うか思わないか、ふと、口から出た言葉のはずだった。
だと言うのに実際はどうだ。デューの纏う雰囲気は一瞬で沈み込み、バルドの笑顔は軽く引き攣ったではないか。
何事かと戸惑う彼女に投げかけられるのは、野営経験豊富なデューと、そういった知識をよく知るバルドだからこその言葉。
「こんな逸話があってね。昔、戦場で数ヶ月ほど木の実や生魚だけを食べて凌いでいた高位の人物が自国に救助され、生還祝いに豪華な料理を振る舞われたらしい。彼は当然のことそれを喜んで食べ尽くしたんだが……」
「翌日、寝室では息絶えた彼の姿があったそうです……」
「えっ」
「君の言う通り、体が驚いたんだろうね。過度の脱水症状を示す者へ急激に水を与えると死亡する例もあるそうだ」
「つまり今、俺が高級料理なんて食べたら……」
「……あっ」
「教えてくれてありがとう、スズカゼさん。でも知りたくなかったよ、こんな真実」
「ま、まぁ、そうですね……」
今にも死にそうな雰囲気を纏って第三街へ足先を向ける黒兜。
その背中を叩きながら慰める気まずそうな笑顔の男。
別に悪いことをしたワケではないのだが、何とも言いしれぬ罪悪感を感じつつ、スズカゼはその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
《第三街西部・廃墟街》
「…………」
「…………」
「……あの、取り敢えず何か喋りませんか」
一方、第二街のスズカゼ達とは別に、こちらはこちらで三者三様の反応を示す者達が居た。
ジェイド、ハドリー、ファナ。この三名である。
獣人二名と、極度の獣人嫌いである者。傍目に考えても非常にマズい状況ではある、が。
彼等の間を取り持つハドリーという存在がここでは素晴らしい減摩材となるだろう。
尤も、今回は彼女の出番など無いのだが。
「……ふん」
意外にもファナはジェイドへ因縁を付けることも嫌悪感を見せることもなく、そのまま彼等の隣を過ぎ去っていった。
いつもであれば因縁は兎も角として、嫌悪感による舌打ちは必ずあっただろう。
だからこそ、ハドリーからすればそんな反応がとても意外だったのだ。
「馬に蹴られたくもない」
どういう意味か、彼女の舌打ちはそこで零れる。
ジェイドはいったいどういう意味なのだと聞きたそうに首を傾げていたが、ハドリーはハドリーで顔を真っ赤に紅潮させていた。
いや、紅潮などというのは甘い表現だろう。最早、茹で上がっていると言っても差し支えない程に、その顔は赤くなっていたのだから。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ、ファナさぁん!!」
「ふん」
彼女の叫びなど聞くはずもなく、ファナはゼル邸宅の方向へと歩いて行く。
残されたのは相変わらず顔を赤くするハドリーと、首を傾げたままのジェイド。
やがて彼等の騒ぎは道行く獣人達の喧騒に消されることになるのだがーーー……、まぁ、これもいつもの光景と言えるかも知れない。
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