西の国へ向かう者
《王城・王座謁見の間》
「……ってなワケだ」
「そう」
王座謁見の間に居たのは、件の事情を説明し終わったメタルとそれを耳にして頭を抱えるナーゾル大臣。そして、何処か呆れた風な様子を見せるメイアウス女王だった。
いや、実際に呆れているのだろう。最近のスズカゼによる想像の巻き込まれ、突っ込み具合は余りに度が過ぎている。
大国すら巻き込んだ事もある。一国を揺るがした事もある。いや、この国ですらーーー……。
「……メイアウス女王、やはりスズカゼ・クレハ伯爵をベルルーク国に向かわせるのは止めた方が。あの国でも問題を起こしたらバボック大総統に何を言われるか」
「何かを言いたいのでしょう、あの男は。何の為にあの国を最後にしたと思っているの?」
「で、ですが……」
「どのみちよぉ、スズカゼ行かせなきゃもっと言われんじゃねーの? だってそいつはスズカゼに嫌味言ってやりたい奴なんだろ?」
「め、メタル殿が言う事も尤もではありますが……。しかし、あの小娘を向かわせたならそれはそれで面倒な」
「あの男の国を掻き回すのなら結構。不可抗力よ」
「それ不可抗力って言わなくね?」
メイアウスは数度手を振り、これ以上の議論を振り切った。
押そうが引こうが結局は面倒な事になるのだ。ならば押せ、と。
ただそれだけの話だろう。無論、無駄な議論であれば周囲の反対を押し込めるのは自分の役目だという意味もあるのだろうが。
「……ゼルと、ファナ。二人を連れて行かせなさい。あの男に対峙するには、まぁ、これで充分でしょう」
「まぁたゼルの胃に穴が開くぜ」
「胃薬でも持たせときなさい」
「あの男は獣人肯定派ではありますが、この国を支えてきた騎士でもあります。それにファナ王城守護部隊副隊長は素晴らしい精神の持ち主でもある。あの小娘の護衛として嫌味の生贄とするのは賛成しかねます」
「高が嫌味よ。大した事じゃない」
「……で、それは良いんだけどよ。いつ出発させんだ? もう長いこと後回しにしてるし」
「今すぐにでもと言いたいけれど、流石にスズカゼも疲れているでしょうし少しだけ休息を取らせなさい。と言っても数日ほどね」
「そんだけありゃ充分だろ。こっちに顔出させるか?」
「不要よ。それに、こっちだって後始末なんかで忙しいのよ」
「全くだ! あの小娘の所為で我々がどれ程の被害を……!!」
「あーあー、俺から言っとくから。オッサンも大変だなぁ」
「き、貴様!! 一国の大臣である私に向かって……!!」
「おいおい、それを言えば俺だって一応は女王の客人だぜ? もてなせよ、ほら」
「メタル、余り調子に乗ってるとお小遣い減らすわよ」
「既に100ルグしかないようなモンをどうやって減らすんだよ」
一人がぎゃあぎゃあと騒いでいるのを無視しつつ、メイアウスは王座へと深く腰を沈め込む。
これからスズカゼが向かうのは最も厄介な国だ。最大の軍事力を有し周囲を気候という自然の壁に阻まれた国。
いや、それ以上に面倒なその国の長という存在。それが何より頭を悩ませる。
あの男はどうしようもなく、面倒だ。
「……何も起こらなければ、良いけどね」
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「……」
「……胃薬」
「あ、はい」
「誰の所為だと思う?」
「そりゃもう因果的なの……」
「あ?」
「養生してくださいスイマセン」
今にも血涙を流しそうなゼルの前で深々と頭を下げるスズカゼ。
毎度の事というかいつも通りと言うかーーー……、何にせよ、見慣れた光景を前にメイドは苦笑しつつも二人の前に珈琲とお菓子を出す。
彼等は机の中心に置かれた胃薬から視線を外すこともなく礼を述べ、視線を外すこともなく珈琲を飲み、視線を外すこともなく菓子を摘む。
やがてもさもさと菓子を食い終わった二人は一息だけ付いて、軽く胃薬の瓶から視線を逸らした。
「もういっそのこと人工の胃造りましょうよ」
「再生する胃をか? 嫌だよ。俺は俺でありたい」
「我が儘言わないでください!!」
「いや誰の所為だと思ってんの!?」
再び騒ぎ出した彼等など何処吹く風。
何も無くなった皿の上に新たなお菓子を置きつつ、メイドは家事に戻る。
泡立つ水洗い場へ差し込むように手を入れて、丁寧に、慣れた手付きで食器を洗っていく。
最早芸術とさえ見間違う程の手際だったがーーー……、それは数秒後に鳴り響く呼び鈴の音によって中断されることとなる。
自身のエプロンで手を拭きつつ、パタパタと足音を鳴らしながら急いで出迎えた彼女。
そんな彼女の前に居たのは、ピシッという効果音さえ付きそうなほど正しい姿勢で立つデイジーと、朗らかに微笑むサラだった。
「あら、お二人とも。どうしたんです?」
「いえ、ゼル団長が少々お心を病んでいるので……」
「要するに団長を新米呼ばわりした新米を締めてきたという報告ですわぁ」
「そ、それは、お疲れ様ですと言うべきでしょうか……」
「苦労するほどの腕もありませんでしたけれどね」
何やら物騒なことを述べつつ中へ案内されるデイジーとサラ。
意気揚々と団長へ報告しようとした彼女達が見た光景は。
珈琲片手に胃薬を貪り食う、亡者のようなゼルの姿だった。
「……あ、お前等か。どうした?」
「団長!! 早まってはいけません!!」
「お悩みがあるなら聞きますわ!!」
「いや悩みは目の前で菓子食ってるよ」
「菓子うめぇ」
「……何でしょうか、この状況」
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