魔法石の番獣
【サウズ王国】
《第三街南部・住宅街》
「これ、どんな状況?」
「私が聞きたいです……」
「あらあら、お二人はお嫌いですの?」
スズカゼとデイジーは困惑し、サラは微笑みを浮かべている。
そんな彼女達の周囲には波が出来ていた。
文字通り、子供達の波が、だ。
「いや、何でこんな状況……」
「子供達は国の宝と言いますわ。相手をするのは悪い事ではないでしょう?」
「そうですけど……」
キャッキャッと騒ぐ子供達は得にデイジーに集まっている。
彼女の軽甲防具が珍しいのだろう。
防具に手を触れてはその固い感触に喜んでいる。
スズカゼは髪を引っ張られたり服を引っ張られたり、と。
サラに至っては女の子ばかり集まって彼女を見上げている。
そして、そんな中で一人の獣人の男の子がある声を上げた。
「この姉ちゃん以外ペターンだな!」
その男の子が指差したのはサラだ。
いや、正しくはサラの胸である。
サラ、デイジー、スズカゼ。
ボイン、ペターン、無。
「ーーー……ッ!」
「抑えてくださいスズカゼ殿! 相手は子供です、子供ですから!!」
「餓鬼風情がッ……! 世間様の厳しさを教えたろうか!? あァン!?」
「第三街領主としてアウトの口調ですわねぇ……」
無じゃない、せめてペターンだ。
胸が女の価値でない事をこの餓鬼に教え込んでやらなければならないだろう。
主に拳で。
「止めてくださいよ、スズカゼ殿……。いや、本当に」
「チッ……、同類の言葉がじゃなきゃ聞いてませんよ」
「え? 同類?」
「余計な事を言うな、サラ。黙れ、黙るんだ」
「うふふふふ。貴女がそこまで焦るのを見るのは久々ですわぁ」
その言葉にスズカゼが気付かなかったのが幸いだろう。
もし気付いていれば、この平和な第三街が戦場となったに違いない。
「……あぁ、アレか」
そんな平和の中だからこそ、彼女達は気付かなかった。
自分達に歩み寄る、その者の男。
金属音を鳴らし、軽快な足取りで歩くデュー・ラハンの姿に。
【サウズ荒野】
「なぁ、聞いて良い?」
「何かな?」
鬱蒼と茂る森林の中にはゼルとバルドが居た。
彼等は足下の巨大な死体を踏みにじりながら、頬に汗を伝わせている。
ゼルはその汗を義手でない方の腕で拭き取り、口端を下げた。
「マズいだろ、これ」
「あぁ、マズいね」
戦闘自体に問題は無かった。
彼等は連携こそ取れていなかったが、個々の戦闘力でも充分に[破壊獣・ナガルグルド]を討伐できる力はある。
だからこそ、それが問題だった。
「お前のせいだぞ。もう一度言う。お前のせいだぞ」
「いや、流石にここまで感度が良いとは……。私も予想外だったよ」
ゼルは戦闘に魔力を使わない。
彼は義手の躍動により斬撃を強化するのが主な戦法だからだ。
だが、バルドは違う。
彼は[武器召喚士]であるが故に魔力を使用して武器を召喚する。
そう、魔力を使用して、だ。
「まさか私の魔力に魔法石が呼応して追加召喚するとはね。[鑑定士]リドラも素晴らしい品を寄越してくれた物だ」
「お前が魔力垂れ流しにするからだろーが! どうするんだ!? このままじゃお前が武器召喚する度に破壊獣・ナガルグルドが増えるぞ!!」
彼等の前には、二体のナガルグルドが居た。
生い茂る木々を存在しないかのように蹂躙し、踏み割って。
その破壊の獣は進撃してくる。
「良い方法がある。まず君がナガルグルドを両方倒すんだ。それで終わりだよ」
「遂に耄碌したか老いぼれ。だったら俺も案がある。まずテメェを餌にして俺が魔法石を回収。そして逃げる。どうだ?」
「はっはっは。断る」
「じゃぁ、どうするんだ!? 幾ら何でも俺一人じゃキツいぞ!!」
「サウズ王国最強の男が弱音を吐くな。全く、情けない……」
バルドの言葉を遮るように、豪腕が彼等へと振り抜かれる。
爆音と共に木々と土嚢が弾け飛び、周囲へと飛散した。
だが、その中に人間の血肉はない。
「こうなれば最小限の魔力で倒すしかない。そちらは任せるよ」
「どうするつもりだよ!?」
バルドは破壊獣・ナガルグルドの巨木が如き腕に。
ゼルはナガルグルドの弾き飛ばした樹木より距離を取った木の上に。
彼等はそれぞれの位置から最も近い破壊獣・ナガルグルドに眼光を向ける。
ゼルも口では疑問として吐き出してはいるが、バルドの意見に従う気なのだろう。
現に彼の剣は既に抜き身となっている。
「案は見てのお楽しみだ。行くよ」
腕に乗ったバルドを叩き潰すべく、破壊獣・ナガルグルドは片腕の皮膚を弾き飛ばさんばかりの勢いでもう片方の腕を振り切った。
空を切り裂く轟音は最早、人一人ならば軽く巻き込む風圧となる。
しかしバルドはその手に携えていた槍を振り抜かれた腕に突き刺して、そこに着地したのだ。
彼はその場から腕を伝って肩まで走り抜ける。
破壊獣・ナガルグルドは羽虫を振り払うように暴れるが、バルドはその度に様々な方向へ槍を突き刺して飛び回るのだ。
だが、それも破壊獣・ナガルグルドの重厚な筋肉からすれば、羽虫の一撃に等しい。
決定的なダメージなど、それで与えられるはずもないのだ。
「最小限の魔力で倒すには一撃でなければならない」
その為には、こんな重圧な皮膚を小さく槍で刺すだけでは駄目だ。
決定的な火力を持った一撃でなければならない。
だが、それでは魔力を異常に消費し、先程の二の舞となる。
「それが出来ないのならば、話は簡単だ」
重厚な筋肉は貫けず、貫くための火力は放てない。
ならば、重厚な筋肉を貫かなければ良い。
「何、一瞬だよ」
バルドは肩を蹴り飛ばし、破壊獣・ナガルグルドの頬へと槍を突き刺した。
そして、さらにその突き刺した槍を足場として跳躍する。
飛んだ彼の行き先は、破壊獣・ナガルグルドの単一の眼球だった。
「解放」
眼球にバルドの指先が突き刺さり、破壊獣・ナガルグルドは反射的に顔を仰け反らせる。
だが、バルドはそれを逃がさないと言わんばかりに眼球に差し込んだ指を、さらに深く突き沈めた。
「封緘せし白銀」
刹那。
破壊獣・ナガルグルドの眼球から、後頭部にかけて。
白銀の閃光が紅色の血飛沫と共に吹き出した。
全身を、全身を重厚な筋肉で覆った化け物は。
いや、正しくは極一部を除く全身を重厚な筋肉で覆った化け物は。
断末魔を上げる事すら許されず、地に沈み込んだ。
「ふぅ、手間の掛かる……」
バルドはそんな破壊獣・ナガルグルドから片腕を引き抜き、飛散した血飛沫を払うように服の上に掌を滑らせた。
さて、もう一方はどうなったのだろうか。
彼がそんな事を思考しながら振り向いた瞬間、バルドのすぐ隣を、何か巨大な物が転げ落ちていった。
「終わったのか?」
バルドは[それ]が何だったのか、敢えて見ることはなかった。
当然だろう。今し方、自分の前に降り立ったゼルの背後にある物を見れば。
首のない、破壊獣・ナガルグルドを見れば。
「やはり連携など向かないね、私達は」
「今更だ。さっさと魔法石を回収するぞ」
「あぁ、そうしよう」
もう自分の衣服に飛散した血液はどうでも良くなったかのように、バルドは武器を仕舞って歩き出す。
ゼルもまた、そんな彼の後に続いて平然と歩き出していた。
サウズ王国最強の男、騎士団長ゼル・デビット。
そしてサウズ王国の王城を守る王城守護部隊長、バルド・ローゼフォン。
彼等が過ぎ去った後に残ったのは、三つの血肉の塊だった。
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