喧騒終わりて一休み
【サウズ王国】
《第三街東部・東門》
「あー、やっと帰って来た」
例えるならばオッサンのように。
彼女は首元をゴキゴキと鳴らしながら、最後の背骨を一度大きくゴキッ、と。
ずっと獣車に座りっぱなしだったし仕方無いと言えば仕方無いのだが、周囲の者達からすれば既に彼女に女性らしさなど求めていないので何ら問題はない。
「で、即行ベルルークでしょう? やっとれんわ」
「言葉使い……、も、諦めるしかないな。姫、そういう愚痴は外で吐くものではないぞ」
「吐きたくもなりますよ。ここ最近は移動戦闘移動戦闘移動戦闘ですよ」
「姫のせいばかりとは言わないが、文句を言ってもどうしようもない。ベルルーク国で最後だ。……これが終われば休暇でも取れ」
「バカンス行きましょう、バカンス。最近はハドリーさんとファナさんのおっぱい揉んでねぇし」
「ねぇ、メタル。彼女って女性……」
「言うな、デュー。それは永遠の謎だ」
兎も角と国内へ入っていった彼女達を出迎える者は居ない。
いや、正しく言えば出迎えた者達は居た。
ただし比喩や例えでの出迎えだ。出迎えたのは今までの自由奔放な雰囲気など何処へやら、正しく軍隊と比喩し例うに相応しい者達である。
その先頭を走るのは何処か満足気なゼルと、険しい顔立ちで号令を叫ぶヨーラ。
スズカゼ達は何事かと暫く絶句していたが、第一に口を開いたのはジェイドだった。
「……立派になったな」
「おう、帰って来たか。見ての通り立派になっただろ。最近入ってきた連中は俺じゃなくヨーラを団長って呼ぶけどな」
「それは、その、大丈夫なのか」
「まぁ、規律は守るようになったから……」
何処となく悲しい男へ投げかけられる、何話してんだ新入りという怒号。
その怒号を発した者は周囲から殴る蹴るのツッコミ及びデイジーとサラから全力の拳撃と脚撃を受け、怒号を向けられた者は死んだ瞳で苦笑する。
余りにも悲惨な現状に何も言えず、ジェイドは取り敢えず姫を邸宅に戻すという言葉を置いて去って行った。と言うか逃げていった。
「……だ、団長。訓練を続けるさね」
「ありがとな。今となっちゃ古株と顔見知りとヨーラぐらいだよ。そう呼んでくれるの……」
「は、はは……」
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
さて、少し場所は変わってゼル男爵邸宅に戻ったスズカゼとジェイド。
二人以外の、つまりメタルはスズカゼに代わってメイアウスへの報告に向かい、デューは既に第二街の宿へ戻っている。
スズカゼ達は彼等と別れて直ぐ、何処へ寄り道するでもなくここへ直接やってきた。
「ハドリーさんとファナさんの臭いがする」
彼女のこの変質的な言葉一つによって、だ。
実際、その通りゼル邸宅にはハドリーとファナが訪れていたのだから、流石のジェイドも辟易と頬を歪ませる他ない。
尤も、息を荒げながら舌なめずりする変態を前に、ハドリーとファナの方がもっと頬を歪ませていたのだが。
「ぐふへへへへ、えぇ乳しとるのう」
「ふぁ、ファナさん、この人をどうにかしてください」
「嫌だ。見たくない触れたくない」
「何ですか、もぅ。折角帰って来たのに」
「貴様の場合は帰って来た方法に問題があるのだ! どうしてそう変態的な行為がやめられない!?」
「やめられないとまらない~」
「よし決めた。私はコイツを殺す」
「ふぁ、ファナさん落ち着いて! どうにかって殺すって意味じゃないですから!!」
ぎゃあぎゃあと喚くスズカゼ達を取り敢えず置いておいて、ジェイドはゼル邸宅へお邪魔する。
邸宅の裏、花壇の近くではメイドが花に水をやって居たところだったが、ジェイドの訪問に気付いてか、慌ててエプロンで手を拭きながら邸宅の中へと上がっていった。
そのまま軽く両手を洗ってから珈琲を入れる手際など、流石という他無い程である。
「すまないな、メイド殿」
「いえいえ、今回の訪問はお疲れ様でした。如何でしたか?」
「……そろそろ連絡があると思うが、少しばかり厄介な事になっていてな。ギルドの件についてまたゼルが頭を抱えると思うから、胃薬を用意してやってくれ」
「えぇ、リドラ様にお願いしておきます。それで、スズカゼ様はどちらに?」
「今、表でハドリーとファナを相手に騒ぎ回っている。もう暫くもしない内に飽きて帰って来るだろう」
「飽きると言うか……」
「まぁ、嫌われて、だな」
彼の言葉通りというか何と言うか、数分後には髪先を焦がしたスズカゼが邸宅へ帰ってくることとなる。
最早、これもいつも通りだ。そしてメイドが急いで髪の手入れを始めるのもいつも通り。
「もうっ! 髪の手入れはしっかりって言ったじゃないですか!」
「えー、だって朝は訓練がありますもん」
「訓練の後は水浴びするでしょう! その時にでも手入れしてくださいっ!」
「へぇい……」
為す術もなく髪結いに合わせて頭を揺らすスズカゼと、ぷんぷんと効果音の付きそうな程に怒るメイド。
二人を背に、ジェイドはただ自身の毛色と同じほど黒い珈琲を口に運ぶ。
何ともまぁ、いつも通りの日々ではないかーーー……、と。
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