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獣人の姫  作者: MTL2
西国にて鐘は鳴る
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見送りから去る獣車にそれは飛び移る

【ギルド地区】

《東部・東門》


「んじゃ、今回はお世話になりました」


軽く頭を下げるスズカゼの前には、いつも通りの面々が居た。

[八咫烏]フレース・ベルグーン及びニルヴァー・ベルグーン、[剣修羅]シン・クラウン。そして月光白兎店員である少女。

彼等はこうしてサウズ王国に旅立つスズカゼ達を見送りに来ている訳だ。

他にも月光白兎のラテナーデ夫妻やケヒト、鉄鬼の主人は店があるので来れないが、少女がそれらの代行としてきているワケで。


「あ、あの、皆さんがお元気で、って……」


「大丈夫だ。コイツが元気じゃないのは女が居ねぇ時だけだから」


「余計な事言うと置き去りにしますよ、メタルさん」


「はいスイマセン」


スズカゼとメタルのやり取りに少女は微笑み、スズカゼもまた頬を緩ませる。

そして、彼女達が微笑み合う中で申し訳なさそうに切り出したのはシンだった。


「スズカゼさん、またこっちにはいつ遊びに来て貰っても大丈夫ッスよ。そ、それで、出来れば俺もいつか遊びに行きたいな、って……」


「あぁ、いつ来て貰っても大丈夫ですよ。まぁ、暫くはベルルークに行かないといけませんけど」


「そ、そうッスね、ははは……」


意味が解ってないスズカゼと意味を分かって欲しかったシン。

次に言葉を発したのは、そんな二人を眺めつつ甘酸っぱいと呟いたフレースだった。


「これからギルドは再建にまた時間を要すと思うのよね。スズカゼも今回の一件に全くの無関係ではないし、もしかしたらまた召喚させて貰う事になるかも……」


「形式上の話、と言いたいのだがな。もしかすれば新ギルド統括長の選定にすら協力して貰う事になるかも知れん」


「待て。それはサウズ王国とギルドの結びつきを強化させる腹積もりか? だとすれば独断で決めるワケには……」


「いや、謝罪の一環だ。選定に協力して貰えば貸しを一つ作ることになる。今回の事は先のミズチによる謝罪で無しとしても、それだけでは不足するだろうというギルド側からの配慮だ」


「それは、良いのだが……。その、選定が男と女になった場合だな」


「その際は呼ばない。これも決定事項だ」


「そうか、安心だ」


「ちょっと待てどういう事?」


「姫ならばどちらを選ぶかなど明白だからな」


「失敬な! 私だってそういう時は真面目にですねぇ」


「もし女と女になった場合は?」


「借りは一晩だけで」


「よしこの話は終わりだ。ギルドへの借りは無しにして良い。今回の一件についても既に謝罪は受け取ったとして処理しよう」


今にも文句を叫びそうなスズカゼを獣車に放り込みつつ、ジェイドとメタルは彼等に別れの挨拶を送る。

共に開け放たれた扉から伸びる華奢な腕が振られ、皆もそれに対し別れの手を振った。

未だ爪痕が残り、瓦礫に埋まるその組織を背にして。

少女はずっと、獣車が発車して彼等の姿が見えなくなっても、ずっと。

彼女は手を振り続けていた。



【サウズ平原】


「……なぁ」


獣車の中は、静かだった。

行きと違って人数は三人。黒兜の姿は、無かった。

仕様が無いと言えば仕様が無いのだ。彼もギルド主力パーティーの一人。

この様な緊急時、流石に席を外すワケにはいかないのである。


「何です?」


「お前なんで居んの?」


「だって書類仕事とか、ねぇ?」


席を外すワケにはいかない、はずなのだが。

その男、黒兜の姿は確かに獣車にはない。

ただ、その隣を全力で奔り抜けているだけだ。


「ちょっとうるさいんで窓閉めて貰って良いですか?」


「おう、任せろ」


「ちょっと待ってお願いですから。いやホントに」


「もういい加減中に入ってこいよ。お前上半身不動で音もなく走るのはキモいぞ」


「いや、これ結構頑張ってて……。あ、兜が蒸れる」


「脱げば?」


「それだけはちょっと……」


「お前ホントそれどうなってんだよ」


未だ疾駆する獣車に飛び移り、デューはそのまま車内へとよじ上ってくる。

端から見れば明らかに変態的光景にしか見えないが、まぁ、それは取り敢えず置いておこう。

問題はこの変質者がギルドの仕事全部を放り投げて逃げてきた事である。


「あのですね、デューさん。普段後始末という後始末を全部サウズ王国にぶん投げてる私が言うことでもありませんが」


「自覚はあったのか……」


「メタルさんうるさい。それでですね、幾ら何でも組織が危機にあるのに仕事投げてくるのはどうかと思います」


「いや、俺だって何も考えず逃げたワケじゃないんですよ。ジェイドさんなら解るんじゃないですか? 俺が逃げてきた理由」


腕を組み、視線を伏せていたジェイドは静かに白き牙を見せる。

彼の緩やかな動作は、静寂だった。誰一人として動作も、言葉も発さない。

それは彼の言葉を待つばかりでなく、言いしれぬ圧力を感じての事だ。

獣車の車輪が弾き飛ばす小石が車体に弾かれ大地の果てへと消えていく音すらも。

その静寂の中では、余りに鮮明すぎるほどで。


「デューと雨沼(アマメ)のミズチという女は双方とも統括長派だ。前回の騒動で補佐派は失せたとは言え、全て消えたワケではない。組織の再建だろうが維持だろうが、重要なのは双方の均衡バランスだろう」


「その通りです。流石に主導を取るのが統括長派ばかりじゃ補佐派からの不満も出ますからね」


「あれ? でも、それだと別に件の顛末を知るデューが残って何も知らないミズチを介抱してやりゃ良かったんじゃねぇの?」


「いや、それは、ね?」


「要するに面倒だから逃げてきただけだろ」


「だって俺、一応は休暇中ですよ!? ミズチの方が資料仕事も得意だし……」


「本音は?」


「サウズ王国でのんびりしたい……」


「お前ミズチに土下座してこい」



読んでいただきありがとうございました

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