閑話[異常を知りたい者と知る者は]
【ギルド地区】
《東部・大通り》
「……やはり、か」
ジェイドは隻眼を細め、牙を剥いた。
自身が刻んだ残痕と、破壊の化身が砕いた瓦礫の中で。
他よりも一倍大きな亀裂の中で、彼は眉根を寄せていたのだ。
「デモン・アグルス……」
そこには、居なかったのだ。
自身の一撃により地に沈んだはずの男の姿が、無かったのだ。
胸元への一閃。臓腑を切り裂き心臓を穿った一撃。常人であれば即死も良い所だろう。
然れど、あの男は頸動脈を刻まれてさえ生きて居るような化け物だ。
あの程度では死ななかった。それだけで、説明が付く。
「……」
予想が付いていた訳ではない。不安ですらあった。
だが、ジェイドの心情からすれば、これは些細な事であったのだ。
確かにデモンは強敵だ。また戦えば間違いなく自身が敗れるだろう。
それでも、些細な事なのだ。彼の心に渦めく何かに比べれば。
「…………次は、央館に行くか」
今、ギルドを彷徨っているのは、今回の一件の残痕を確認しているのは所詮、逃避でしかない。
スズカゼから感じたあの異常性。いや、違和感と言うべきか。
それから目を逸らしているのだ。彼女に尽くすと決意した自身の中に渦めく、彼女を憎悪、或いは嫌悪する感情から。
どうして信じられよう、それに理由などない。どうして感じられよう、それに意味などない。
それでも確かに、自身の心の中で、それは。
「……おーおー。迷ってる迷ってる」
そんな彼を、破壊の化身は遙か遠方の廃墟より見ていた。
ジェイドの一閃による傷痕が残ってこそいるが、傍目には快復したようにしか見えない、その獣は。
隣に薄暗い、顔に刺青のある男と共に、廃墟の屋根で。
「デモン。余り長居は……」
「解ぁってるって。俺ぁただジェイドを見ときたかっただけだ」
「……どうして?」
「良いぜェ、アイツは。最高だ。もし女なら迷わず抱いてた」
「……そう」
刺青の男、グラーシャは興味など無いように俯いてみせる。
彼の様子を横目にしたデモンは何処か呆れたように、いや、露骨なまでにそれを示すが如く、大きくため息をついた。
「お前が腕治してくれたのは感謝してっけどよぉ。もっとハッキリ喋れ。ボソボソ言ってちゃ何言ってんのか解らねぇだろ」
「これが……、僕の性格だから。それに、君の腕だって、君の生命力があったからくっついたような物だよ……。僕が巻き戻せる時間なんて、高が知れてるんだから……」
「この前も腕戻してくれたじゃねぇか。それで上等だぜ」
「……ありがとう」
「男に礼言われてもなぁ……。あぁ、そうだ、グラーシャ。お前、今回の一件はどう思う?」
「どうって、何が?」
「どうしてギルド統括長は殺されたと思うって聞いてんのさ」
礫が屋上の上を転がり、落ちていく。
指先ほどもない石ころだ。屋上から落ちるとそれは直ぐに姿を消した。
だが、消えない。グラーシャの瞳の奥にある動揺は、消えない。
幾ら表面上で平静を取り繕うとも、それは。
「ギルドは俺達かりゃすりゃまだまだ利用できる組織だった。だと言うのに、三武陣の……、何つったっけ、黒いんです?」
「クロセールだね……」
「そう、クロセール。ギルド統括長派だった上に今日まで護衛として参加してたそいつが急に統括長を殺した。何でだろうな」
グラーシャは口端を噤み、軽く指先を曲げた。
知られてる。この男には、知られている。
自分がクロセールに全てを話したことを。そして、彼がギルドという組織の存在意義を知り、全てを阻止する為に統括長を殺したことを。
自分が、彼自身の派閥の長を殺させるという選択肢さえ出現させたことを。
「お前の情けってヤツだなァ。幼馴染みだか何だか知らねェが、計画に支障を来すのは宜しくねェんじゃねェんかぁ?」
「…………それは」
「まァ、元より計画からすりゃギルド自体は雑兵だ。使えなくなろうが、一部しか使えなかろうが、変わらねェ。お前だって計画が破綻するのは嫌だろう?」
「……ッ」
「俺だって強者とやり合いてェんだ。計画を破綻させたくはねェ。だからこうして忠告してやってんだ。お前だって、まぁ、一応は仲間だしよ」
「お礼、言っておくよ……」
「だから男に礼言われてもよォ」
ふと、デモンは空を見上げる。
特に何があるわけでもないが、それでも彼の瞳は何かを映していた。
既に傷の癒えたはずの身体から、心地よい苦痛を感じつつ。
自分達を見ている、彼等をーーー……。
「来る、か」
やがて、彼等の姿は消えるだろう。
喧騒と爪痕を残したまま、このギルドという地域から。
組織に属す者達の姿は、やがてーーー……。
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