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獣人の姫  作者: MTL2
 
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閑話[ギルド地区に住まう者達]


【ギルド地区】

《医療所・灯火》


「な、な、な」


その医者は、自身の医療所の前で両手を振るわせていた。

いや、両手だけではない。足の爪先から脳天までを痙攣させるが如く、震えていたのだ。

当然だろう。自身の眼前にある、大切な大切な医療所が、凄まじい瓦礫に埋まっているのだから。

その周囲は凄まじい衝撃痕が刻まれ、後数メートルでもズレていれば自身の医療所は真っ二つだっただろう。


「何やねんこりゃぁあああああああああああああああ!!」


ケヒト・ディアンこと、この医療所の主人。

遠方への買い出しから戻った彼女は、目にした医療所の惨状に悲鳴を上げる。

まぁ、彼女だけでなく数日ほど遠出していたギルド地区の者達は例外なく悲鳴を上げているのだが、その原因を知って再び悲鳴を上げることになるとは予想だにしないだろうーーー……。




《酒場・月光白兎》


「うぅぅ……、うぅ……」


月光白兎の酒場にて、ケヒトはボレー酒片手に嘆き悲しんでいた。

あの医療所を修復する費用、ギルドの今後、自分の立ち位置。

悩めば悩むほど嫌になる。主にお金的な意味で。


「大変ね、ケヒト」


「ユーシアはん……。もうウチ嫌やぁ……。何で医療所があんなことになっとん? 何でギルド統括長が殺されとん? 何でウチはこれから働なアカンのん?」


「最後のは貴方が医者だからよ。ドル、私にもボレー酒」


「……む」


「大丈夫よ、そろそろ店仕舞いだし。それにケヒトの悲しみは、まぁ、解らないでもないし」


「ん…………」


「え? 今が稼ぎ時じゃないか、って? 確かに怪我人は大勢出たけど、そういうのはギルドお抱えのトコ行くものねぇ。貴方みたいな端くれ医者だとキツいでしょう」


「そうなんよぉ。まだ回復や治癒魔法使えるならえぇんやろうけど、各国の器具ばっか集めとるウチなんかは……」


「まだそちらは良かろう。我が鉄鬼など開店休業状態だ」


「あ、鉄鬼の。いらっしゃったんかいな」


「貴様が来る数時間前からな。店も新人に任せておる」


「新人? 新しく傭ったのかしら。ほら、はろーわーくとかいう所で」


「いや、サウズ王国下欄を我が店に住み込みでのう。期間は数日程度だが、まぁ、この間に何か買いに来る阿呆は居るまい」


「随分適当なんやね。そんなんで店大丈夫ですのん?」


「儂ぁ本当は刀剣を造るのが本業じゃ。それを売らねば金も得られぬからして仕方のう店をやっとるだけじゃからな」


「ウチもそうですねん。ホンマは色んな器具集めて色んな情報収集したいけどそれだけや医者も続けれまへんから、こうして医療所開いとんのに……」


はぁ、と。彼等は二人して大きなため息を零しつつ、ボレー酒を煽る。

同じくして店を営んでいるユーシアやドルグノムも、彼等の愚痴は解らないでもないのだが、流石にこの有様を見ているとシャキッとしろと怒号の一つも飛ばしたくなるだろう。

尤も、今はそんな怒号一つ飛ばした所でどうにもならないほどの惨状なのだが。


「あ、あの、ユーシアさん」


「あぁ、もう店仕舞いの時間ね。もう今日は部屋に戻りなさい。私達は愚痴を言い合うから。ご飯は先にドルと食べちゃって」


「は、はい、解りました」


少女は小さなエプロンを一生懸命畳み、それをドルグノムに渡す。

大男は自分の掌で覆い尽くせてしまいそうな少女の頭を撫でつつ、ケヒト達に軽く頭を下げてから奥へと下がっていった。

その様子は傍目に見れば親子というか少女と魔獣というか。兎も角、歪であったのには違いない。


「ギルドの規模拡大を狙い始めた矢先の事件、か。次のギルド統括長は誰だろうな……」


「ヌエはんが生きとったらあの人やったろうけど、ヴォルグ統括長と一緒に亡くなったらしいしなぁ。ここは冥霊(ハデスト)のデューはんか雨沼(アマメ)のミズチはんちゃいますの?」


「ミズチは兎も角、デューは我が店の常連だ。あの男はギルド統括長などという器ではあるまい」


「ミズチも私達の現役時代には何度か仕事を共にしたわ。気弱なあの子だし、統括長なんて地位は似合わないでしょう」


「と、なるとその他の誰かか。居たかのう」


「思い当たりまへんなぁ」


「そうよねぇ」


皆のため息がボレー酒の水面に映り、黄金を煌めかせる。

ギルド地区で過ごす彼等にとって、今回の一件は余りに致命的なのだろう。

これからこの組織がどうなっていくのか。それはギルド地区で生きてきた彼等にさえ、解ることではないーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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