閑話[シンとスズカゼのデート]
【ギルド地区】
《東部・鉄鬼》
「んじゃ、行ってらっしゃーい」
メタルと鉄鬼の店主に見送られつつ、スズカゼとシンは共にギルド地区へと歩いて行った。
ギルドの謝罪準備が整うまでの数日間、スズカゼはする事なく暇となり、時間が空く。
その間はギルド地区を散策するのだが、件のこともあり護衛が必要だ。
なのでその護衛を[剣修羅]シンが勤めることになったのだがーーー……。
「……フフ」
そんな口実があろうとも、実際はデートだ。
第一にこの状況下で襲撃を駆けてくる阿呆は居ないし、万が一にも襲撃を駆けてこようと、如何なる者が彼等を倒せようか。
ジェイドの言伝もあってシンが護衛することにはなったが、そうでなくとも彼はこの状況下を望んだだろう。
幾らスズカゼという存在を望もうとも、実際はサウズ王国の第三街領主伯爵と言う立場と一組織の属員だ。
この差は余りに大きい。普段は気軽に謁見など出来るはずもないほどに。
いや、実際は普通に出来るのだが。シンが身分の差を気にして中々訪ねられないだけで、スズカゼ自身は別にいつ来ても歓迎するのだが。
それでも、まぁ、青年は常識という規則を律儀に守っているのである。
「何笑ってんですか?」
「あ、いや、何でもないッス」
さてさて、と。
このデートが楽しみで昨日から寝ずに道行きを考えてきたのだ。
まず話をしながら東部辺りを歩き回り、後に軽く手合わせ含め広場で模擬戦、その後は月光白兎で昼食、後はまた軽く歩き回って模擬戦して帰宅、と。完璧だ。
ーーー……いや、何も完璧ではない。この青年、シンは今まで女性を誘い誘われることはあっても長く付き合うことはなかった。
騙し騙される関係があったことや彼の立場からして仕方はないのだが、そもそも彼、無駄に経験のあるにわか恋愛達人なのである。
故にこうしてデートコースも微妙極まりなく、さらに言えばスズカゼという人物の性質も考慮に入れていなかったのである。
「シン君シン君」
「はい? どうしたッスか?」
「見て見てあの人、メッチャ良い尻してる」
「あ、あはは……」
果たして、世の中にこんな状況のデートが、まぁ、一方的な物だが、どれだけあるだろう。
男は女を、女は女に見惚れるというこの状況が。
「そうだ、シン君。覚えてるかな? 前にした約束」
「え? ……あっ!」
そう言えばそうだった。
前に、鉄鬼の店先で会った時の事だ。
未だ彼女という存在をよく知らなかったあの時、自分は彼女にこう言ったのだ。
お茶をしませんか、と。そう誘ったのだ。
「覚えていてくれたんスね」
「勿論ですよ」
何故だか目頭が熱くなる。
あんなに前の、それも軽く受け流された時のことを覚えていてくれようとは。
期待しても良いだろうか。どうでも良い事など覚えはしないだろう。
いや、彼女の場合はどうでも良い事でも女性との約束は死守しそうだが、自分は男だ。
うむ、これは脈有りと見ても良いのではーーー……。
《東部・外れの廃墟》
「じゃ、やりましょうか」
「あ、約束ってこっちもありましたねそうでしたね……」
さて、当時交わした約束は二つあった。
シンからのお茶のお誘いとスズカゼからの模擬戦のお誘いだ。
当人が嬉々としてやりましょうと言い出すのがどちらかなど、言うまでもあるまい。
と言うわけで二人はこうして模擬戦をするために東部の外れにある廃墟へとやってきたのだ。
「んじゃ、真剣寸止め試合で一本先取制でいきますか。……勝ったら、そうですね。言うこと何でも聞いて貰いましょう」
「えっ、それはこっちもッスか?」
「勝てたら、な」
勝てる気がしない。と言うか間違いなく勝てない。
それでも抗わねば。何と言っても勝ったら何でもして良い、だ。
好きな女性に嫌われるのも何だし、精々また会う約束を取り付けるぐらいだがーーー……、それでも充分に過ぎる話だろう。
「んじゃ、行くッスよ」
「えぇ、いつでも」
数メートル離れた場所からの疾駆。
然れど、その速度はスズカゼの予想を大きく上回る。
嘗てのシーシャ国で彼が習得した筋肉内での躍動による空中跳躍。
それを疾駆の踏み込みに応用することにより、劇的に速度を飛躍させる事に成功したのだ。
無論、それだけではない。
筋肉は全身にある。極端に言えば爪先から脳天までだ。
それら全てを内部躍動により加速させれば、どうなるか。
そう、人外染みた速度にて一閃を振るうことが出来るのである。
「フッ!」
スズカゼの首音に到る一撃。
未だ彼女は反応しない。いや、それどころか瞬きに重なって視界すら開いていないのだ。
好機。このまま、彼女の薄皮一枚を持って行けばーーー……!!
「はい、終了」
シンの刃は寸止めされていた。
誰も居ない空間で、何もない場所へと。
スズカゼの刃は寸止めされていた。
シンの居る空間で、首音のある場所で。
「……えっ」
「いやぁ、感覚が冴え渡る冴え渡る。今なら弾丸数千の雨でも回避出来ますよ」
「いや、ちょ……、マジッスか」
「マジですね。さて、お願いなんですけど……」
シンは息を呑む。
何が来るのか予想も付かない。自分が女性であれば嫌でも予想がつくものだが。
彼女から何を言われるのだろうか。自分が勝つまで再戦? 鉄鬼で刀を奢れ? 飯を奢れ?
何にせよ高く付きそうだが、はたしてーーー……。
「ちょっと一緒にえっちなお店に行きませんか?」
「……え? え? え?」
「いやぁ、私だけだと怒られるんで」
「あの、一応聞きますけどそれって」
「女の子いっぱいのトコで頼みますわ」
「駄目ッス」
「えー」
「いや駄目ッスから。何なら模擬戦十本でも良いッスから」
「百本」
「二十本」
「百五十本」
「増えてる!? ……解ったッス、百本で」
「よっしゃ来た」
結局、シンの打ち立てたデートコースは全て無駄になり、彼等は泥だらけで鉄鬼に帰宅することになる。
スズカゼとの模擬戦で終始一本も取れなかったシンだが、彼女をそういう店に行かせなかっただけの達成感により、まぁ、悔しくは無かったと思う。
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