件の収束は望まれずして
【ギルド地区】
《酒場・月光白兎》
「…………すまんな、ユーシア殿。こんな時に店を開いて貰って」
「構わないわよ。どうせ私達は他の人達と違ってここに残るもの。自衛の能力はあるし、この子も居るしね」
件の騒動から一日の時間が経過した。
現在、デューを除くスズカゼ達一向はギルド地区にある酒場、月光白兎にて休息を取っている。
いや、取らざるを得ないのだ。最早、彼女達がこの組織に居る理由は無いのだから。
「しかし、今回の一件がまさか……。この組織を破壊するほどの一件に発展するとはな」
「つっても、俺達は巻き込まれただけだろ? そこまで気にすることかねぇ」
「姫は、な。知人が知人を殺すというのは、中々辛い物だろう」
今回の一件、端的に纏めるとこうだ。
ギルドに置ける権力勢力、補佐派の残党が統括長派に襲撃を決行。
その対象は統括長であるヴォルグと前回の一件に深く関わったスズカゼの両名。
ギルド主力パーティーである大赤翼を筆頭として邪木の種など様々なパーティーが襲撃に参加した。
また、超高額の依頼を利用して中立の面々まで味方に付けるも、スズカゼによって無力化された。
そして結果的に大赤翼の二名は同じくギルド主力パーティーにして統括長派、冥霊のデュー・ラハンによって殺害。
残る一名、グラーシャ・ソームンは逃亡。ここまでは結果としては当然だろう。
そこに、三武陣のクロセール・コーハがヴォルグ統括長及び側近ヌエを殺害した、と付かなければ、だが。
「……クロセールさん」
三武陣の残る二名、オクス・バームとフー・ルーカスは事実を知ると共に逃亡。その姿は今現在でも掴めていない。
即ち、ギルドは一度の件で長と側近、主力二組を失ったのだ。
それは組織という存在が崩壊するには、余りに充分過ぎるだろう。
「んで、ギルド地区の殆どは撤退か。そりゃ組織がアレじゃなぁ……」
「デューの話では、こちら側は暫く無法地帯になる可能性すらあるそうだな。任務に出ていたギルド主力パーティーにしてギルド諜報部隊の雨沼ミズチが奔走しているようだが、恐らくは……」
「ま、その情報特化、だっけ? そいつ。……幾ら情報特化でも無理あんだろ、この状態の組織をさぁ」
「だろうな。だから今はデューでさえ本部に出向しているのだろう。今暫くは奴とて迂闊には動けまい」
「いや、何か必要な手続きだけとか言ってたぞ。そもそもアイツだって主力ではあるけど長いことサウズ王国に居るし、殆どこっちの経営には関わってなかったんだろ」
「……それを言うと貴様もサウズ王国の客人扱いなのだがな」
「最近はそんな扱いされたことないんだけど」
彼等が互いに話し合い、軽く視線を向けようとスズカゼは未だ窓の外を見るばかりだった。
今回の一件、やはり彼女には残酷な出来事だったのだろう。
知人が知人を殺したという、つい先程まで共に居た人間が死したという、事実は。
「……どうする、これから」
「サウズ王国に帰還する。今回の一件を吟味するのは姫の仕事ではない。後始末も、サウズ王国がするだろう」
「本来それをすべきギルドがこの状態だしな。やりようによっちゃ、こっからギルドっつー組織が壊滅しかねないだろ」
「そうならん事を願うばかりだが……」
何とも言えない、陰鬱な空気に覆われる月光白兎。
店主であるユーシアとドルグノムも何かを言うことが出来る様子ではない。
たった一度の闘争がこの大組織から全てを奪い去ったのだ。
陰鬱な空気にならない方が、おかしいとすら言える。
「……ども、ッス」
その陰鬱な空気に誘われるように、やってきたのはシンだった。
彼の後ろには[八咫烏]のフレースとニルヴァーが付いてきており、二人の表情もまた、決して明るい物では無かった。
「シン……。それにニルヴァーとフレースか」
「あ、闇月……!」
「案ずるな、フレース。奴に戦意はない」
そう言いつつも、ニルヴァーの足取りは如何なる状態でもフレースを守れるよう、彼女に付き添う形となっていた。
シンはジェイドの隣へ、フレースとニルヴァーはメタルの隣へ。
端に座るスズカゼは彼女達が来ていることにも気付いている様子はなく、未だ外を見ていた。
尤も、それを咎めるのは誰であろうと出来るはずなどないのだが。
「あ、ジェイドさん。鉄鬼のおやっさんから言伝ッス。刀の料金は要らない、と」
「良いのか?」
「店先で飾ったままよりは良い、だそうで。何より店前にある貴方の残痕が気に入ったらしいッス」
「……そうか。私に変わって礼を頼む」
「了解ッス」
「あ、そ、そうだったのよね! ギルド側……、というか、雨沼のミズチから連絡ね。スズカゼ氏は今暫くこのギルドに滞在して欲しい、と。今回の戦闘で負った傷の治療だとかも必要だし……。謝罪も受けて欲しいという事らしいわね」
「我々、[八咫烏]と[剣修羅]が護衛に付くことになるはずだ。不要であろうが、まぁ、体裁上の問題だと思ってくれ」
「……この状況下でさらに戦闘を仕掛けて来るとは思えん、が。今回の一件は何処か妙に感じた。話では大赤翼なるパーティーが主犯だったそうだが、その後ろ盾には何が居たのか掴んだのか?」
「……いいや、まだだ」
「ならば尚更だ。貴様等の謝罪を受けるのは双方の面立ちになる。故に謝罪は受ける、が。それ以上の滞在は許可しかねる」
「まぁ、精々数日の滞在になると思うッスよ。謝罪の形は形式に則った物品だと思うッス」
「それは構わんが……」
彼等の会話を遮るように、スズカゼは立ち上がる。
今まで何も言わなかった彼女の急な行動。
皆がスズカゼへ視線を集めたとき、彼女はふと一言だけ呟いた。
「あの、聞いて良いですか?」
口端を噤みつつ、皆は軽く頷いた。
願わくば、いつものようにこの陰鬱な空気を振り払ってくれ、と。そんな儚い願いを持ちつつも。
尤も、皆のそんな願いは別の意味で振り払われる事になるのだが。
「そもそも記憶が無いんですけどどうすりゃ良いですかね」
「えっ」
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