豪腕振り抜き羽虫を潰す
【ギルド地区】
《北館・食堂》
「……何だよ、これ」
絶句か、絶望か。
シンは眼前のその光景に何かを言うことは出来なかった。
突如現れた大男に突貫したスズカゼ。あの様子からして敵だということは解る。
然れど、シンは彼女の様子に違和感を感じていた。
敵である大男に斬り掛かったのは、解る。だが、彼女が表す憎悪は、ただの敵に向ける物ではない。
人生の仇に向けるような、そんな生々しい憎悪だ。
「それに……」
スズカゼは全力で大男を殺しに行っている。
彼女はそんな人間ではないはずだ。先の依頼受付所でも彼女は誰一人として殺しはしなかった。
それ程までに憎い相手だと言うのか。自分が介入出来ないほどの全力で殺しに掛かるほど。
「……ッ」
彼女達の闘争は自身の眼で追うには余りに速すぎた。
一閃の軌道、一撃の波動しか見えはしない。狂乱と闘争にある喧騒さえも、今はただの雑音だ。
彼女達の太刀と拳が交差する刹那だけが、シンの脳髄に確かな証を刻む。
「強い……!」
恐らく、今まで見てきたどんな者達よりも。
彼女達の闘争は純粋に恐ろしい。純粋に殺し合っている。
だと言うのに、二人のどちらかが死ぬとは思えない。
これは、何だ? 闘争であり、殺し合いであり、憎悪し合っていると言うのに。
二人のどちらかが死ぬとは思えないのだ。何故だ? 何が、どうなっている?
スズカゼと大男の間に、何があると言うのだ。
「聖闇・魔光ッッ!!」
「甘いわァッッッ!!」
大男、オロチの豪腕がスズカゼの華奢な肉体を弾き飛ばす。
聖闇・魔光という、全ての魔力を封ず衣すら弾き飛ばして、だ。
空へ浮いた彼女の身体。壁面すら破壊するであろう速度で吹き飛ぶそれに。
オロチは何の躊躇もなく追撃を掛ける。
「よく、だ」
衣越しに臓腑を穿つ一撃。
骨と肉を軋ませるに充分な、破壊力。
衝撃に衝撃を加えた数倍以上の加速。その速度は最早、音速にすら迫る。
少女の身体はギルド本部の壁数十枚を突き破り、柱へと激突した上に大地を穿つ。
柱の瓦礫すら弾き飛ばし、少女は大地へ両足を立てた。
衝撃を殺しきれず、一ガロに到るほど彼女の身体は引き摺られていった。
「チィイイッッ……!!」
舌打ちに等しい咆吼。
再び眼を見開いた彼女の視界に映るのは、超速でこちらに迫るオロチの姿。
正しく空を割り砕く砲弾だ。その突進だけで大地を破すには充分過ぎるだろう。
無論、それが地面に向けられた物ではなく、自身に向けられた物であるのは言うまでもない。
「よく、ここまで育ってくれた!!」
スズカゼの一閃。全力の、一切の力を殺さぬ魔力を乗せた一撃。
オロチという存在を斬り殺すには余りに充分であろう。だが、それは一切の防御なく一切の抵抗ないと仮定した場合に限る。
彼はスズカゼのその一撃ですらも片の豪腕により弾き飛ばし、残る片腕で彼女の顔面へ拳を向ける、が。
「ッッッッッカァッッ!!」
対峙するかのように、スズカゼはそれを頭突きで迎撃した。
驚くことに彼女の頭突きはオロチの拳を弾き、尚且つ彼の身体に掛かる加速すら殺しきったのだ。
オロチはその事実に焦燥を覚えるよりもまず、狂喜を覚えた。
「上級魔術に等しい技の詠唱破棄、身体の超強化、精霊との完全融合ーーー……。少々不純物が混ざっておるがこの程度は問題なかろう」
かっかっか、と。
先までの殺し合いが嘘のように、オロチは笑っていた。
優しい、まるで縁側に座す老父のような微笑みでだ。
尤も、スズカゼの眼には、否。
彼女の眼にはそれがどのように映ったのか、解るはずなどないのだが。
「レヴィアも……、奴等も。御主を案じておる。余りに重い、余りに重々しい責を背負わせる事を。然れどな、儂は違う。御主がそれを背負うのは必然とすら想うておる。奴等と戦うことになろう御主のそれこそが、この世界を、この星を救うとーーー……」
「この子はそんな事を望んではいない!!」
「そんな事? 望む? 何を阿呆な……。全てを投げ出して逃げ出した貴様に何が解る? その小娘の身体に羽虫を忍び込ませるような、貴様が!!」
咆吼は大地を躍動させ、衝撃は粉塵と礫を弾き飛ばす。
自身の身体に響き渡る、いや、スズカゼの身体に響き渡る躍動にそれは口を噤ませる。
オロチの咆吼に、ではない。その殺気に、だ。
「その小娘を侮辱することは赦さん。その小娘の生命を侮辱することは、決して。如何にその小娘が阿呆で迂闊であろうとも、その誇り高き魂を汚すことは決して赦しはしない。その小娘の気高き生き様をーーー……」
圧砕。その一言で事足りる。
殺気という重圧はスズカゼの中に居るそれを圧砕する。
辛うじて生き残っていた、一糸の意識さえ残していた物でさえ。
「貴様のような、蛆虫がァアアッッッッッ!!」
彼の咆吼の元、殺気の重圧の元。
全て圧砕され、殺しきったのだ。
「……むぅ」
しかし、オロチの表情に達成感はない。
殺しきれなかった。まるでトカゲの尻尾切りだ。
大部分を捨てきってまで、核を体内の奥深く、決して浸食出来ぬ領域まで逃がしたのだろう。
所詮、自身は戦闘しか能のない老骨。せめて奴が、あの巫山戯た失敗作の一人が居ればどうにかなったろうがーーー……。
「……覚えておけ」
これ以上は無意味。
奴も逃げただろう。元よりただの誤差。そこまで気にすることもない。
だが、自身がこの場に留まり続けるのは好ましくない。自身達の存在を表に出すのは、未だ。
「我々は貴様等には負けぬ。絶対に、その小娘と共に世界を救ってみせるぞ」
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