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獣人の姫  作者: MTL2
御礼崩壊
539/876

礫を転がしながら合流する

【ギルド地区】

《東部・大通り》


「……何の音だ?」


未だ癒えぬ傷を引き摺りながら、彼は歩いていた。

自身の闘争により裂傷を刻まれた大通りを、だ。

一歩歩む度に瓦礫が足先を転がり、自身の傷が悲鳴を上げる。

それでも、例え骨が数本折れ、数十本ほど砕けていようとも。

それらが休め、眠れ、止まれと叫ぼうともーーー……。

歩みを止めるには事足りない。


「姫は……、無事なのか……」


彼女が容易くやられるとは思えない、が。

今回の一件は何処かおかしい。何かが違和感を感じる。

デモンはあくまで傭兵だ。この場に居たのはあくまで傭われたと言えば説明はつく。

他にも幾つかある違和感でさえも、決して異常と言える程の物はない。

それでも、だ。今、自分が感じている果てしない違和感はーーー……。

いったい、何が。


「兎も角、だが……」


この場に留まっていても仕方無い。

鉄鬼から拝借した刀も返そうと思っていたが、今暫く借りる他ないだろう。

現在の身体状況から推測するに、恐らく体術だけで抗えるほど甘くはない。


「本当に鈍ったものだな、俺も……」


彼は自身を嘲笑うように、軽く頭を傾ける。

足下を転がる瓦礫、悲鳴を上げる身体、頬を吹き抜けていく風。

今は、全てが鮮明に感じ取れる。そう、正に四国大戦の時のようにーーー……。


「おい、ジェイドッフォゥ!!」


黒豹がそちらに視線を向けず刀を振り抜いたのがいけなかった。

メタルの頭上、彼の手入れされていない頭髪全てを斬り飛ばさん、と言うか頭蓋骨すら斬り飛ばさんがばかりの一閃。

偶然にもメタルが瓦礫に躓かなければ、全く無関係の所で死者が一名出ることだっただろう。

尤も、奇跡的に回避した彼は心拍急上昇で今にも停止しそうな程だが。


「……すまん、気が立っていてな」


「俺は気が絶たれるトコだったわ……」


「中々上手い」


「それどころじゃねぇから、ニルヴァー。だからお前が声かけりゃ良いっつったんだよぉ。首の一つや二つぐらい大丈夫なんだろ?」


「痛覚はあるんだがな」


取り敢えずジェイドは刀を仕舞いつつ、そちらへ隻眼を向ける。

メタルとニルヴァー。二人とも目に見える重傷こそ負っていないが、衣服には小石だの土埃だの斬れ傷だの。一目でボロボロだと形容出来るほどの状態だ。

大方何があったかは言うまでもない。尤も、この男達が死ぬなど決して有り得ないのだが。


「……ニルヴァー、だったな」


「闇月。仲間が世話になった」


「お、おいおい。その話はやめようぜ? ジェイド、前にニルヴァー達がスズカゼに手を掛けた事はもう決着がついてる。今更になって言い争わなくても良いだろ。ニルヴァーだって仲間のことはスズカゼとお相子だ。第一、別に仲間の事は気にしてねぇっつってたじゃん」


「いや、別に気にしてないが」


「え」


「世話になったというのは迷惑を掛けたという意味だ。むしろこちらが謝罪すべきだろう」


「お前等達観しすぎだろ。そこは言い争えよ」


「貴様は止めたいのか言い争わせたいのか、どちらだ」


ふて腐れるメタルは放っておいて、ジェイドとニルヴァーは共に並んで歩き出す。

過去の確執が消えたわけではない。けれど、今それを言い合うほど彼等は馬鹿ではない。

現状、何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。何が起こったのか。

諄く言葉を交わさずとも、彼等には全てを理解する判断力がある。


「最も厄介なのは何だ」


「恐らく大赤翼(ビーレヴィ)だろう。奴等と一度に戦えば彼のゼル・デビットでさえ敗北する可能性がある」


「ふむ。使用する、魔術魔法は?」


大赤翼(ビーレヴィ)の一人、フォッカは獣人だ。貴様にさえ負けず劣らずの反応速度や瓦礫さえ指先で粉にする力を持つ。同じく大赤翼(ビーレヴィ)が一人、ハーゲンは音を操ると言われている。尤もそれを利用して相手に状態異常を与えるのではなく、自身を音速まで高める為に付与するそうだ。そして最後の一人だが……、グラーシャについては解らない」


「解らない?」


「元より寡黙な男というのもあるがな。彼の魔老爵(アジェロン)の息子という事もあり、凄まじい魔力量を持っているにも関わらず誰も奴が魔術や魔法を使っている所を見た事がない。かといって体術を使う訳でもないらしい」


「ふむ、よく解らんな……」


「何にせよ、あの大赤翼(ビーレヴィ)を纏め上げる実力を持っているのは間違いない。連中との遭遇は避けるべきだろう」


「そうか。他には?」


「他には特に目立った実力者は居ない。殆どが前回の対立で粛正されたか統括長派に乗り換えたからな。強いて言うならば邪木の種(ウィックド・カイン)だが、連中は我々が倒した」


「……と言うことは、もう案ずることもないと?」


「楽観は出来ない。むしろ、何か不確定要素が起こるのではないかと警戒すべきだろう」


「あぁ、その通りだが……」


「お前等、何かブツブツ話してないでさぁ。速いトコ、スズカゼとデューに合流しようぜ。あの二人なら大丈夫だろうけ」


メタルの言葉を遮った轟音は、天を貫いた。

彼等の視界に等しく映る、ギルド本部より伸びる光の柱。

それが実際には光などではなく、スズカゼの天陰・地陽(てんちめいどう)だと気付くのに時間は要しなかっただろう。

そして、それが見当違いの方向に放たれているのではなく。

弾かれたのだ、と。気付くのには。


「急ぐぞ、貴様等ーーー……。嫌な予感が当たりそうだ」



読んでいただきありがとうございました

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