表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
御礼崩壊
538/876

陽を絶す者と対峙する

【ギルド地区】

《北館・食堂》


「……何スか、これ」


スズカゼとシンが見た光景は異常の一言だった。

床面に散乱した食物や一室中を覆い尽くす琥珀の氷よりも。

その全てを破壊し、喰らい尽くす、闇の炎こそ。余りに異常だったのだ。


「この魔力、デューさんですね。あの人のは何度か間近で見たことがある」


「だ、だからって、こんな禍々しい……」


シンの全身は鳥肌が立ち、産毛が逆立っていた。

根源的な恐怖だ。少なからず無謀な自身でさえ久しく感じる、恐怖。

死や被傷への恐怖ではない。ただ、根源的な恐怖。


「禍々しい? いや、これはむしろ……」


それ以上を述べようとして、やめた。

今はそれどころではない。急いでギルド央館に向かわねば。

ただでさえ南館から遠回りしてきているのだ。北と央館の間で途轍もない何か(・・)が存在しているような気がしたから。


「……取り敢えず、急ぎましょう。本当に、これは」


「解ってるッス。ギルド本部全体に嫌な空気が蔓延してる。まるで、シーシャ国を思い出すようなーーー……」


一歩だった。

彼等は共に央館へと繋がる渡り廊下への道へ向かおうとした。

その為の、一歩。必然にして当然の一歩。

そして、二歩目。必要で当たり前の二歩目。

だが、それが歩み出されることは、ない。


「……クロセール、さん?」


彼女達の眼前に歩み出て来たのは、クロセールだった。

焦燥という嵐に駆られた跡地のような、枯れ果てた表情。

彼は光のない表情を浮かべ、無表情のままこちらへと歩んでくる。

死者と形容するのが余りに似つかわしいほどに。その男の琥珀の瞳は、濁っていた。


「……何か、違う」


「え?」


「あの人はクロセールさんだけど、何か」


クロセールの足取りは徒歩から疾駆となる。

彼は無表情の中に険しさを浮かべ、急に走り出したのだ。

シンは何事かと慌てるばかりだが、スズカゼの手には既に魔炎の太刀が握られている。

万が一の時に、彼を斬り殺すが為。


「伏せろッッ!!」


その怒号がいったい誰の物だったのか。

シンは無論、万が一に対し覚悟を決めていたスズカゼでさえ、理解は出来なかった。

理解など、元より出来るはずは無かったのだ。

叫びを上げたのは他の誰でもないーーー……、自身達の頭を抑え付け、その場に押し倒して自身の体を盾としたのは他の誰でもない。

クロセール、その者だったのだから。


「なっ……」


クロセールはその場で眠ってしまったかのように、数秒ほど動かなくなった。

何が起きたのか、何がしたいのか、何の意味があるのか。

スズカゼとシンがそれらの疑問を理解する中で、数秒は刹那となり消えていく。

果たして、彼等が求めようとして導き出した選択肢の中に、クロセールの真意を当てた物があるかは解らない。

然れど、クロセールは彼等が答えを導き出す時間を許すことは、なかった。


「……お前が、鍵なのか」


最後の一言を残し、クロセールは突如姿を消す。

自身の足場に琥珀の氷を召喚し、それを足場として跳躍したのだ。

窓硝子を突き破り、白銀の煌めきと琥珀の輝きの中に消えて行く彼を。

シンは何処までも、消え果てた後でさえも、ただ言葉なく、クロセールを見ていた。


「す、スズカゼさん。どういう意味ッスか? あの人が今貴方に言った、鍵って……」


問うと共にシンは振り返り、絶句する。

幾度となく驚愕した彼が再び驚愕したわけではない。驚愕では、ないのだ。

彼が絶句した要因は間違いなく、恐怖ーーー……、その物だった。


「……」


スズカゼもまた、シンと同様だっただろう。

クロセールが自分達を庇った原因となる一撃、それを放った者。

その者の脅威は彼女の警告信号を打ち鳴らし、全身を震えさせ、眼を見開くには余りに充分。

対峙しただけで充分。羽虫が虎と対峙したかのような、圧倒的恐怖。

そして、彼女だけが感じている、僅かな驚愕。


「どうして貴方が、ここに居る……?」


混乱し、氾濫する思考。

背後で問い続けるシンの言葉など、最早、耳に入ってくるはずもない。

彼女の中では既に、クロセールが登場した驚きも彼への疑問も消え失せていた。

クロセールへ何かを放ったその男の姿を見て。窓から差し込む太陽の光を背に負ったその男を、見て。


「オロチィィイイッ……!!」


大男は、髭を弄ぶ。

差し込む太陽の全てを覆い隠さんがばかりの、その巨体を動かすことなく。

ただ平然と、樹木の根のような指で、自身の嗤いを愛でるように。


「久しいのう、小娘」


言葉は世界から置き去りにされる。

スズカゼの耳に世界の残痕が届いたのは、魔炎の太刀が弧を描いた後だった。

彼女の一閃は違う事無くオロチの首音を狙い、風切り音すら上げることなく、振り下ろされる。

尤も、それがオロチという一存在を絶つことは決して無いのだが。


「良い鍵となった。世界を救う鍵に」


「貴様は何が目的だ……!? 何をしたッッッ!!」


「気付け、愚か者(しっぱいさく)め。今我々が争うことの無意味さを。どうしようもなく世界は流転しているのだ。貴様も、我々も。近く、世界を救わねばならん。その時が来るまでは安寧に浸ったのだ。ならば役目を果たせ。奴等と戦わねば、我々は世界を救えぬのだぞ」


「貴様等が、私達をッッッッッッッ!!」


「我がこの場に居ることの意味を考えろ、阿呆めがァッッッッッッッ!!!」


スズカゼの天陰・地陽(てんちめいどう)

オロチの全力が込められた拳撃。

その二つは高速さえ、光速さえ凌駕した速度で激突する。

衝撃は周囲に広がり、北館渡り廊下への道を、否、北館全体を巻き込む崩壊となる。

そう、彼女は。スズカゼ・クレハではない、彼女は。

その咆吼と共に、オロチへと刃を向けたのだ。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ