闇月と破壊
「ケハハハハハハハッッ!!」
ジェイドの頬を擦り、豪腕は振り抜かれる。
衝撃で地面の煉瓦を粉砕するほどの一撃だが、黒豹はそれに目をくれる事はない。
くれる必要などない。空気の流れ、経験則、そして何より闇月たる彼の存在こそが、その機動を完全に読み、一切の無駄無き回避を見せていたのだ。
続くように彼の刃は再び豪腕を切り落とそうと、先とは違う機動で迫る。
先のように水平ではなく、凹凸な、決して癒着し得ないであろう角度で。
「そう何度も効くかよォ!!」
刃を弾く、否、逸らす。
それは技術と言うよりも最早本能だった。
受ければ防ぎきれず斬られる。ならば逸らしてしまえば良いだろう、と。
腕の角度と過剰にならぬよう加減された筋肉の凝縮。
弾力と硬度によって滑らされた刃が天を突いた刹那。
デモンによる脚撃が黒豹の臓腑を穿つ。
「ッ……!」
心身の凝縮による、奇しくもデモンと同じ回避方法。
衝撃を逃がすことによってジェイドはどうにか臓腑を守ることが出来た。
だが、骨肉が同様であるかと問われれば、決してそうではなく。
「骨一本。柔いなァ?」
「未だ鈍っているのやも知れんな。ならばもう少し加速しよう」
終ぞ、それは放たれる。
抜刀の金属音も構えの動作もなく、斬撃の軌跡すらない。
残されるのはデモンの切り裂かれた脇腹のみ。
刃一筋が喰らい千切った臓腑の肉のみ。
「まだ上がるのかッ……!!」
「まだこの程度だからな」
続く一閃、否、八閃。
刹那と例えることすら烏滸がましい速度で放たれる刃に対し、デモンは迷わず回避を行った。
何故なら、彼の瞳に映ったのは八閃だったからだ。
然れど、知っていた。解っていた。気付いていた。
実際に放たれたのが、八閃程度ではない事に。
「ーーー……ッッ!!」
頬端を擦る、閃光の欠片。
地面に平伏すが如き形でデモンは回避し、頬端を切るだけで済んだ。
もし未だにその場で居れば、どうなったかなど言うまでもない。
粉塵に等しく刻まれた壁を見れば、どうなったかなど。
「くひっ」
その声が自身から出ている物である事にデモンは気付かない。
余りに醜悪で悍ましい嗤いを浮かべていることにさえ、デモンは気付かない。
そんな物はどうでも良いのだ。今必要なのはただ一つ。
この男との、闘争。
「嗤うか」
「嗤ってたか? 俺」
「あぁ、醜く、な」
「そりゃ悪いな」
ジェイドの一閃、否、十閃。
刹那の連撃に対してデモンが返すは全力の拳撃。
双方の衝撃が相殺を生み、周囲の草原を抉っていく。
一撃で抉れた大地を背にしようと二人が止まることはない。
豪腕と閃光が交差し、破壊と闇月が衝突する。
双方の臓腑が激震と共に苦痛を響かせるが、それでも彼等は止まらない。
瓦礫が抉れ、草原が潰れ、大地が割れようとも。
彼等の破壊と閃光は交わり続ける、交差し続ける。
互いの命を狩るために。互いの狂気と狂喜を満たす為に。
「ジェェエエエエエイドォオオオオオ・ネェエエエエイガァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「デモン・アグルスゥウウーーーーーーーーッッッ!!」
豪腕が大地を抉らんがばかりに振り抜かれる。
白銀が天を切り裂かんがばかりに振り抜かれる。
双方の総力を賭した一撃が交差し、刹那の静寂を生み出した。
刹那が死ねば産まれるのは狂乱であり、衝撃。
然れど、周囲の大地全てを抉り返す程のそれであろうと黒豹と破壊を動じさせるには事足りない。
彼等の中では死に絶えたはずの静寂が未だ息をしているのだから。
「……カッ」
途切れた声で嗤ったのは、デモンだった。
今までの声とは違う、諦めの為に吐いたような嗤い。
いいや、違う。諦めではない。
その自称から目を逸らすという意味では同一だが、決して、彼は諦めてなど居なかった。
自身の渇きを潤すことを、諦めてなど居なかったのだ。
「闇に沈んだな、ジェイド」
「……あぁ、月は、上ったよ」
デモンの脇腹に咲く紅色の華。
花弁は臓腑、蜜は血液、茎は骨。
明らかに致死の一撃。それは最早、如何なる治療を持ってしようと治癒出来るはずもない、裂傷。
例え彼の超回復力や筋力による強制癒着を持ってしても、癒えるはずなどない、致命傷だった。
「満たされる……、あぁ、アレが来るまで満たされる訳ァねぇと思ってたが……。何だ、お前が満たしてくれるんじゃねぇか……」
「……渇きが癒えたようで、何よりだ」
「癒える? 馬鹿言えよ、オイ。俺はまだ乾いてる。これが癒えることは絶対に有り得ねぇ。これだけは、あの時が来るまで、絶対ーーー……」
言葉は途切れ、重々しく生々しい音が地に響き渡る。
自身の足下まで染み渡ってきた紅色に伝わる波紋。それが何を意味するのかなど、ジェイドは振り向かずとも理解していた。
ただ、彼は。
紅蓮に塗れた刃を拭い、鞘へ収める。
それだけの行為を持って、破壊との闘争に終止符を打ったのだ。
「……もし太陽を望まなければ、貴様のような道もあったのやも知れんな」
自分で言っておきながら、その不毛さは理解している。
この世の理だ。決して崩してはいけない、この世の理。
時は流れ続ける。それを巻き戻してはいけない。
如何に不望な結果であれど、自身の力が及ばなければ、それは。
変えてはいけない、変えられるはずもない、結果なのだから。
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