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獣人の姫  作者: MTL2
御礼崩壊
533/876

三の武陣と赤き大翼

【ギルド地区】

《北館・食堂》


「……散らす、か」


「当然だろう」


そこに居たのは、琥珀の眼光を呻らせるクロセールと、自身の表情を長髪と刺繍に隠すグラーシャだった。

彼等二人の他には誰の姿もなく、否、琥珀の氷付けにされた黒兜の者以外は誰一人としてその姿はない。

そう、三武陣(トライアーツ)は戦闘が始まると同時に大赤翼(ビーレヴィ)を散開させたのだ。


「我々と貴様等の総合的な戦闘力は同等だ。だが、個人であればその限りではない」


「……あぁ、そうだね」


「そして貴様の相手は私だ、グラーシャ。こうして昔馴染みと対峙するのは心が痛むがな」


「そう……」


「……無口な貴様に聞くのも何だが、どうして反乱など起こした? 現状からしてみれば貴様等以上の地位を、或いは実力を持つ者は居ないだろう。とすれば必然的にお前達が反乱の主導者となるだろう」


「…………」


「もう一度聞く。どうして反乱など起こした? 別に貴様等の主義を否定するつもりはないし、しようとも思わない。だが、この現状で貴様が反乱を起こす理由など」


「起こるんだよ、直ぐに」


「……何?」


「君も……、[獣人の姫]も、[闇月]も。誰も気付いちゃいない。もうそこにあるんだ。君が知るべき異常は、そこに」


「それは、どういう意味だ?」


「タダでは知れない。全てを知るには対価が必要。……違うかな?」


「何処かで聞いた話だな。あぁ、馬鹿馬鹿しい」


消える。

グラーシャは刹那にしてその姿を消した。

音すらない。その姿は本当に、一瞬にしてではなく、完全に消えたのだ。

視界が狂ったかのような現実。常であれば取り乱し、意識を見だしただろう。

だがクロセールはただただ冷静なまま、眼球のみで意識を全体へ動かせる。

そして、数秒とない内で理解した。

自身の首筋に突き付けられた刃を。引き込まれた刃を。

故に。

その薄肌が纏う琥珀色は、容易く刃を弾く。


「……!?」


「知ることだ」


一歩引き下がったグラーシャの足を貫いたのは琥珀の氷柱。

気付けば、天上にはそれが一片の隙間もない程に発生していた。

そして彼がそれに狼狽する暇さえなく、琥珀の氷は一室全体を覆い隠す。

結果、比類無く全ては彼の掌の中に。


氷結の時(アイザンガ)……。君の一番得意な技だね」


「あぁ、そうだ。こうして氷を発生させるだけでなく、何かを造形することも出来るようになった。昔とは違うのだよ」


「そう……」


「そして、この氷は貴様程度なら貫けるし、音程度なら断絶出来る(・・・・・・・・・・)


「…………」


「教えてくれ、グラーシャ。何がお前をそうさせる? 何がお前を動かせる? お前等の後ろに居るのは誰だ? 今、何が……。いや、違うな」


クロセールは自身の薄肌に指を添える。

先程、グラーシャが刃を突き立てた、その場所へ。


「……!」


彼は解いたのだ。

大凡、何を行っているのか解らぬ相手に対する最終防御。

事実上の命綱だ。薄肌に纏う最大の防御にして最後の防御。

そして、彼とグラーシャを隔つ唯一の壁。


「これが私の意思だ、グラーシャ。お前は私を殺そうと思えばいつでも殺せる。この薄氷の琥珀鎧(アルモア・ザーチア)は瞬時に展開出来る物ではない」


「……我々の間にあるのは、ただ昔馴染みという点だけ。信じ切るには値せず、疑い尽くすには充分過ぎる」


「だが、ほんの少しだけ信じるのであれば充分だろう。私はそうしてでも知りたいのだ。今、世界に何が起ころうとしている? 世界は何を求めている? お前は、いったい……」


「……世界はね、変動しているんだ。君の知らない所で物語は進んでいる。全てはその通りに」


グラーシャの頬は歪んでいた。

無表情で無口なその男の頬は、何処までも歪む。

未だ嘗て、昔馴染みであり派閥同士で対立して競い合ってきた、クロセールでさえ一度たりとも見た事がないような。

そんな、笑みだった。


「話すよ。……信用には答えよう。その結果が、如何なる物であれ、ね」



《南部・広場》


「はっはァ!!」


獣人であるフォッカの一撃は容易く大理石の柱を破壊し、拳を貫通させる。

腰を折る形で回避したオクスは、そのまま軸足を回転させて彼の腹部へと脚撃を撃ち込んだ。

彼女の一撃もまたフォッカに負けず劣らずの威力だが、それが彼に届くことはない。

ハーゲンによる音速の防御が、彼女の脚撃を弾くからだ。


「……ッ!」


オクスは足を弾かれると同時に軸足を変更。

横からの衝撃を糧として連撃をハーゲンへ。

しかし、フォッカとハーゲンはそれを容易く回避。後方へと跳躍。

が、その先に待ち構えるは見えざる鎌。


「ハゲ!!」


「誰がハゲだァ!!」


尋常ならざらぬ、否、異常さえ超越した速度でハーゲンは方向を転換。

瞳に映らぬ鎌を拳撃にて弾き飛ばし、同時にフォッカの首音を掴んで遠方の柱へと投擲。

自分もその方向へ疾駆し、共に距離を取った。


「一進一退ってトコだな。互いの頭脳役が居ねぇから力押しばっかだ」


「いつもの事じゃねぇか」


「相手が雑魚ならな。力押しだけで充分だから……。なぁ、お前もそう思うだろう? オクス」


「否定は、しない。クロセールも何か思うところがあってそちらのグラーシャと対峙することを選んだのだ。ならば私達の役目は貴様等の足止めと、撃滅だろう」


「私もオクスに同意したいがハゲが眩しいのだが、どうだろう」


「ハゲ言うな! 剃ってんだよ、これは!!」


「知ってるか? コイツ剃る為に毎日毎日剃刀と水持ち歩いてんだぜ。酷い時なんざ獣車の中で膝に布敷いて剃ってる時もあるしな」


「そこまでするなら焼いて永久脱毛してしまえば良いと思うのだが、どうだろう」


「その内生やす予定だし……」


「……いつ?」


「い、いつか……」


「どうしてハーゲンの頭髪談義になっているんだ」


「ぶっちゃけ不毛だしな、この戦い」


「不毛だとォ!?」


「お前じゃねぇよ、ハゲ」



読んでいただきありがとうございました

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