二つの黒は樹木に挑む
【ギルド地区】
《北部・廃墟地区》
「どう見るよ、ニルヴァー」
「……不利、或いは敗北だな」
「だろうな。ところでお前の足何処行った?」
「その内生える」
そこに居たのは、メタルとニルヴァー。
通常、決して戦力の高くない二人だ。嘗て、補佐派の中でも重鎮であった魔老爵ことヴォーサゴ老の側近として戦った邪木の種所属、スー・トラス。
彼女の仲間である邪木の種の彼等は相応の実力を持っている。
ギルドの中で指折りとは行かずとも、上の下、或いは上の中には入るはずだ。
そして様々な魔術を組み合わせて樹木を生成し、相手の動きを封じると共に攻撃に転化するという高等魔術、或いは魔法。
メタル、ニルヴァーという、戦力面で見れば劣る彼等からしてみれば、決して勝ち目はない。
そう、戦力面だけで見ればーーー……。
「再生終わった?」
「あぁ、終わった」
「よっしゃ、んじゃ行こうか。お前の計画に従えば良いんだな?」
「あぁ、頼んだ」
彼等はそうとだけ言葉を交わすと、左右に別れて走り出す。
対する邪木の種の二名は双方に対応して展開。
そもそも二対二という対立状態。人数による撹乱は不可能。
然れどそれでも良かった。彼等の狙いは撹乱にはない。
「深淵の腕輪ッッ!」
メタルの叫びと共に、眩い白光が放たれる。
彼の魔具が光と共に放出したのは油だった。ねっとねとの油だった。
邪木の種の一員は頭からそれを被り、臭いと共に何なのかを理解した。
油だ。樹木の天敵となる火炎を増長させる存在。
この男が次に何をするかなど、言うまでもあるまい。
「させっ……」
るか、と。
そう言うまでもなく、彼女は言葉を失った。
自身、邪木の種の一員としてスーと仲間と共に幾多の戦場を越えてきた。
始めの戦場は自身達が編み出したこの高等魔術、或いは魔法によって余裕綽々。
やがて自分達の魔術、魔法が広まってからも対策は練ってきた。
そう、どんな相手も決まって炎を用意してくるのだ。木なら焼き尽くしてしまえば良いだろう、と。
愚劣、何と愚劣だろう。樹木を育てるのは土と水。
そう、炎の天敵である土と水だと言うのに。
「っしゃおらぁあああああッッ!!」
土と水を浴びせ掛ければ良い。
相手が炎を放ってくるのなら、そうすれば良い。
しかし、その男は。珍妙な腕輪から油を吐き出したその男は。
油に火を放つのではなく。
自身を、油に放ち、凄まじい速度で滑走してきたのだ。
「な……」
「くらえ! 滑走式突撃ォッッッ!!」
女性の喉元、首と胸ぐらの中点。
人体の急所である中心を、メタルの一撃は見事に捕らえたのだ。
メタルの身長体重は基本的に成人男性の平均と遜色無い。筋力が異常な訳でも、体格が巨大な訳でも、瞬発力が逸脱している訳でもない。
ただ、それでも。
成人男性一人が全力疾走してきて、凄まじい速度で滑走しながら放った一撃が。
たった一人の女性程度を吹っ飛ばせないはずなど、ないのだ。
「かぁ、はっ」
全身の酸素が搾り取られるのではなく、堰き止められる。
外へ逃げようとする羊の群れを柵に閉じ込めて追い回せばどうなるか?
答えは言うまでもない。中で、暴れ回るのだ。
「あが」
彼女の意識を絶たれた。一瞬で、苦痛を反芻する暇もなく。
その要因はメタルの一撃と言うよりも、最早、内部で破裂しそうなほど暴れ回った空気による激痛だろう。
一瞬で意識を絶てたのだ。むしろ幸運であったかも知れない。
「あれ、ちょ」
尤も、油によって摩擦力が激減している中で全力疾走からの滑走だ。
彼は邪木の種の面々が創り出した樹木の上を止まることも出来ず滑り続けるしか無かった。
遠ざかっているメタルの悲鳴を耳にしつつ、ニルヴァーは残る邪木の種の一員を相手取る。
身体能力や魔術、魔法を持たぬ彼からすれば、頼れるのは武器のみ。
そう、武器しか彼等の操る樹木を穿つ攻撃手段はないのだ。
「だが、それを操る両腕が無ければ意味はない」
既に、ニルヴァーの腕は無かった。
邪木の種の一員である彼と対峙した際、両腕は吹き飛ばされていたのである。
身体的にメタル同様、超越した能力を持っていない彼だ。
対峙した瞬間に放たれた、砲撃に近い樹木の圧砕を回避出来なかったのは無理もないだろう。
故に、腕なし。腰元に有る短刀やナイフ、銃器すら握れない状態。
彼に対峙する男はそれに容赦するはずもなく、幾千の刃に等しい枝を放つ。
血肉を貫き、骨の隙間を縫うように臓物を切り裂いていく連撃。
両腕がない状態では些細な防御さえ出来ず、ただニルヴァーは串刺しになるのを待つばかり。
「……」
だが、消えない。消えるはずなどない。
全身を駆け回る激痛に堪え忍び、彼は瞳の光を保ち続ける。
幾多の、重なり合う刃の中にある一筋の隙間。
見る。足が貫かれ立っていられなくなろうとも。
見る。臓腑が切り裂かれ口腔から血が溢れようとも。
見る。片方の眼球が抉られて半分の視界が闇に覆われようと。
見る。見る。見る。
そこに、あった。
「メタァアアアアアアアアアアアアルッッッッッ!!」
幾千の刃に等しい枝を掻き分け、彼は再生した腕を突き出した。
その腕の先には一本のナイフ。男になど決して届かない刃渡りの、ナイフ。
幾らニルヴァーが踏み込み、腕を伸ばし、ナイフを突き付けたとて。
彼と邪木の種の一員である男との距離は未だ数メートルはあった。
それを嘲笑うかのように、男は口端を吊り上げ、無様に男の伸ばした腕に幾千の枝を差し向け、そして。
自分から、突っ込んでいった。
「は?」
男の背中を押したのは他の誰でもない、樹木を滑走していたメタルだった。
彼は邪木の種の一員である女性を倒した後、そのままの速度を保って樹木を一周。ニルヴァーの合図と共に男をナイフへと突き飛ばしたのである。
そして、その結果がどうなったかなど言うまでもないだろう。
幾千の刃に貫かれようと構え続けられたナイフ。
男は転ぶようにそれへと突っ込み、そのまま自身の胸板を貫かせたのだ。
「……生きて、ねぇな。死んでる? ニルヴァー」
「生憎とまだ生きている……。貴様が馬鹿のように滑走しだした時はどうしようかと思ったがな」
「まぁ、上手くいったし良いじゃねぇか」
メタルは自身の衣服に付いた木々切れをはたき落とし、ニルヴァーに突き刺さる枝を切り落としていく。
しかし見れば見るほど恐ろしい再生速度だ。前にサウズ王国を襲撃した時よりも上がっている気がする。
何をどうすればこんな魔法が使えるのか解らないが、まぁ、一言で言って凄い。
「無事……、とは言えんが、襲撃者は退いた訳だ。これからどうする?」
「救援呼びたいけど、この状態じゃーなぁ。前見たくメイア呼んで無双させたいんだけど」
「四天災者か。確かにあの人物ならばこの状況を一手でどうにか出来るだろうが、困難だ。恐らく外部に出る前に全ての情報が遮断される。かなり大規模な反乱のようだしな」
「どうやってんだよ、これ。補佐派は潰されたんじゃなかったのか?」
「かなり大きな組織が後押ししているんだろう。ギルドがあれば困るのか、余程スズカゼ嬢とヴォルグ統括長が邪魔なのか……」
「……あのさ」
「何だ?」
「帰りたい」
「諦めろ」
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