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獣人の姫  作者: MTL2
御礼崩壊
531/876

闘争芽吹くその場所で


《西部・依頼受付所》


「ぺっ」


口腔に堪った流血を吐き捨て、スズカゼは口端を拭う。

幾千数多と並ぶ屍と成り果てた者共を前に、彼女は息一つ斬らしていなかった。

強いて言えば、そう。

僅かに貰った一撃で口端を斬った程度と言うべきか。


「あー、こっちは終わりました。そっちはどうです?」


「終わったッス。ってか、大半をスズカゼさんが倒してたじゃないッスか」


「いやぁ、はっはっは」


四肢に青痣を、顔面に二つほど切り傷を作られた少年は、彼女の足下へ視線を落とす。

幾多と重なる屍はそれぞれ両腕や両足を折られて悶絶してこそいるが、誰一人として息絶えている者は居ない。

精々、実力の無さそうな者か、そこそこ強そうな者が気絶している程度だ。


「全部、殺さなかったんスか?」


「まぁ、はい」


「それで、よく……。殺さないって殺すより難しいッスよ?」


「色々ねー。シン君も生きていて何より。取り敢えずこれからどうします?」


「コイツ等は暫く動けないし、これで良いと思うッス。そんでスズカゼさんは狙われてる当の本人ッスから、ヴォルグ統括長のトコ行ったら良いんじゃないッスかね?」


「えー、あのオッサンのトコですか……」


「オッサンって貴方」


「まぁ、仕方無いですかね。チッ」


「露骨な舌打ちッスね」


「だってあの金ピカ傲慢不遜野郎と居ると面倒臭いんですよね、果てしなく。まぁ、仕方無いから居ますけど。仕方無いから」


露骨に不機嫌そうな表情で舌打ちを繰り返しつつ、彼女は周囲を見渡し始める。

そんなスズカゼに場所が解っていないのかとシンは問い、彼女から首肯を受ける。

流石に戦闘後だ。左右反転前後上下する中で方向を見失わないのは難しいだろう。


「……んじゃ、行くッスか」


「私を守ってくださいね、統括長から」


「男からしたら嬉しい台詞ッスけど、相手が相手なんで絶対無理ッス」



《東館・外れの倉庫》


「…………」


「…………」


鬱蒼、ただその一言。

彼等の戦闘は一線を引かず一線を押さず。

謂わば波打ち際の漣のように、彼等は互いの一手を及ぼさず、及ぼせず。

ただ互いに体力を消費するばかりで、四肢の先から胸元の裏を流れる汗が蒸発し、倉庫をまた鬱蒼とさせる原因としていた。


「……一手、入らねェなァ」


「貴様相手に迂闊な踏み込みは出来ん。前回のように愚長な突貫を仕掛けてくれれば楽な物だがな」


「俺だってただの馬鹿じゃねェ。馬鹿じゃねェから戦える。馬鹿じゃねェから殺し合える。良いだろ? それは、良いモンだ」


「……だから、貴様は馬鹿なんだ」


刹那にして殺意は交差し、白銀の刃と豪腕の拳が激突する。

その衝撃音が周囲を激震させる前に、第二撃。

双方の頬を抉った一撃。然れど、出血したのはジェイドのみ。

デモンの頬は剣を抉ったのではなく、剣が抉れたのだ。


「……な」


「鈍らじゃねぇ、が。お前が鈍らだな」


漆黒の臓腑を貫く脚撃。

紅色が飛散し、背より骨肉が暴発する感触。

然れど、それが錯覚である事は知っている。それが錯覚でなくなる事は知っている。

彼はその衝撃を受けると同時に踏み込むのを止め、一撃の流れに従った。

自身の後方跳躍も合わせ、衝撃を殺すのではなく衝撃を受けきったのだ。


「剣は良い。だが、それが俺との戦いで劇的に摩耗してる事に気付かなかったお前が鈍らなんだよ。……鈍った(・・・)か? 闇月」


「鈍った、か?」


口端から黒血の塊を吐き出しながら、ジェイドはデモンの太股を指差した。

彼はそれに従って視線を動かし、見る。

自身の太股に突き刺さった剣を。否、薄皮一枚を斬り肉に突き刺さった剣を。


「吹っ飛ばされる時に突き刺した、か。だが俺の足一本奪い去ったはずだぜ? 嘗てのお前なら」


「貴様は、望むのか。闘争を、狂乱を。この平穏な世の中で、お前はまだ四国大戦の亡霊と成り果てるつもりか!?」


「亡霊? 違うな、俺は亡霊なんかじゃぁない。亡霊はお前だよ、お前等だよ。未だ現実を見ていないのはお前等の方さ」


「何が言いたい? この平穏な世の中で闘争が未だ息をしているとでも?」


「しているじゃねェか。今、ここで! 俺達は殺し合っている!! 闘争は何処にでも芽吹くぞ、闇月ッッッ!!」


倉庫を激震させる衝撃と共に、デモンの踏み込みが放たれた。

刹那にして彼はジェイドの眼前に現れ、破槌の一撃を拳に込める。

先のように衝撃を決して殺させぬ、擦れば四肢が抉られ、当たれば臓腑と骨肉が爆ぜる一撃必殺。


「ッ!」


彼は、ジェイドはそれを回避した。せざるを得なかった。

だが、一切擦ることなく回避したにも関わらず、彼の全身はそれに引っ張られた。

まるで重力を奪われ尽くしたかのように、衝撃の果てへ、彼は吹っ飛ばされたのでる。


「……やり過ぎたかなぁ」


粉塵舞う中、彼は酷く落胆していた。

気分が高揚すると加減が効かなくなるのが悪い癖だなぁ、と。

視界全ての地面が抉れ果てた、その光景を前に。

酷く呆れたため息を落としながら、彼は歩き出す。

自身が吹っ飛ばしたジェイドが居るであろう、その先へと。


「まだ終わらせねェだろう……、ジェイド・ネイガぁー?」



読んでいただきありがとうございました

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