黒き兜に滴るのは
《北館・食堂》
「ご、が……!!」
黒兜から溢れる紅色は、瓦礫溢れる地面に染み渡っていく。
土埃纏う料理だったものにさえ、紅色は伝う。
三つの脅威に囲まれ、その者はただ蝕まれていた。
死という、決して避けようのない毒に。
「思いの他、簡単にいきそうだな」
「油断しない方が良い。この者の脅威は我々もよく知っているだろう」
「…………」
フォッカ・ロルルーは豪腕を振り回しながら、嗤っていた。
ハーゲン・ティールは汗の滲む頭皮を撫でながら、口端を吊り上げていた。
グラーシャ・ソームンは何ら変わらない表情で、その口を固く結んでいた。
彼等は、ただ。
ギルド主力の一人である男を前に一切の油断なく、構えているのだ。
確実に、殺す為に。
「……まさか、君達が裏切るとは思いませんでしたよ。あの道で会った事すら、狙っていたのかと思える」
「悪いな、会話で回復させる時間を与える事は出来んのだ」
フォッカの豪腕がデューの腹部を穿ち、幾多の衝撃が臓腑をかき回す。
黒兜からはさらに紅色が吹き出し、周囲の瓦礫を幾多にも染め上げていく。
また、一度浮いた足が付くことはない。ギルド主力パーティーの一つに数えられる大赤翼が一人、フォッカ。
獣人たる彼の破壊力と速度、それは凡庸を遙かに逸している。
無論、刹那の内に数十発の拳撃を撃ち込むことでさえ、彼からすれば容易い事だろう。
「く、ぅ……ッ!」
繰り返す、再び地に足が付くことはない。
フォッカによる連撃はデューが着地することすら赦さず、ただ拳撃を撃ち続ける。
本来であれば既に全身が爆ぜ飛んでいるだろう。血肉も骨臓も。
然れど、デューは未だ耐えていた。その連撃からの衝撃に耐えつつ、逃がしつつ。
「保て、フォッカ」
その連撃に浮くデューの背後。
瞬足により突如姿を現したハーゲンは、フォッカの拳撃に合わせるが如くデューの背より一撃を撃ち込んだ。
衝撃の逃げ場がなくなり、拳撃による破砕はデュー自身の体内で反射する。
一度かき回された臓腑が刹那にして二度、三度、四度とかき回される苦痛。
常人であれば意識が途切れるだけでなく、再起不能となりかねない、苦痛。
「[亡者の黒剣]ッッッ!!」
デューが振り被った一撃は、フォッカにより容易く粉砕される。
彼の、鉄塊に等しい大剣は宙を待って天上へと突き刺さった。
振り抜かれた拳を前に、漸くデューの足は地面に着く。
破砕された大剣を持ったまま、それを振り抜いた体勢のままで。
「……ハッ。そんな鈍らが俺に通じるとでも」
「フォッカァアッッッッ!!」
砕かれた大剣に刃はない。
持ち手すら存在せず、否、持ち手すら砕かれたそれは。
存在するはずのない刃を構え、振り抜いていた。
「……黒、炎」
煉瓦を伝う水が如く、黒炎は線を浮かび上がらせる。
持ち手に始まり、刀身、切っ先までを。
黒き炎によって創り出された大剣を、この世に現界させたのだ。
「爆ぜろ」
彼等の視界に映ったのは、白だった。
黒が全てを塗り潰し、全てを消し去った故の、白。
フォッカという獣人は一瞬の内に視界全てを覆い尽くされ、感覚を奪い去らわれる。
彼が、その光景は白ではなく無であると気付いた時には、もう。
全ては終ーーー……。
「[黄昏の劫刻]」
デューが振り被った一撃は、フォッカにより容易く粉砕される。
彼の、鉄塊に等しい大剣は宙を待って天上へと突き刺さった。
振り抜かれた拳を前に、漸くデューの足は地面に着く。
破砕された大剣を持ったまま、それを振り抜いた体勢のままで。
「……ハッ。そんな鈍らが俺に通じるとでも」
「フォッカ」
彼の首音を引き、グラーシャはフォッカを自身の足下へ転ばせた。
情けない尻餅と共に彼はそのまま一回転し、元の体勢へと復帰する。
開口一番に不満の怒号を浴びせかけようとしたフォッカだが、眼前の光景を前にその言葉は泡沫が如く消え去っていた。
「助かったぜ、グラーシャ」
黒炎は何一つさえ切り裂いて居なかった。
デューは何もない空間に一手を放ったのである。存在するはずもない、空間に。
いいや、違う。あのまま振り抜いていれば間違いなくフォッカを焼き尽くすことが出来たはずだ。
それを阻止したのは他の誰でもない、グラーシャただ一人。
「何を……」
返された答えは拳撃。
ハーゲンによる一撃はデューの全身を跳ね上げ、天上に叩き付けた。
瓦礫に混ざり果てた黒炎は消え去り、天上から落ちる腕も、また力無く垂れ下がる。
亀裂を駆ける紅色もまた、彼の腕のように、生気無く滴り落ちるのみ。
その雫を受けながら、ハーゲンは大きく、そして腹の底から息を吐いた。
「出来ることなら、デューは殺したくなかったな」
「今更だろ。コイツとは派閥が別れてたんだぜ? ……それによぉ、一番辛いのはグラーシャだろ。だってコイツは親父を大牢獄にブチ込まれた上に、幼馴染みのデューまで」
それは天上に跳ね上がった。
フォッカの腕はデューと同じくして、天上へと突き刺さったのである。
追うようにして彼の腕から血飛沫が上がり、まるで噴水のように天上を赤く染め上げた。
「酷いな。まるで戦場だと思うのだが、どうだろう」
「違うな、既に戦場だ」
「あぁ、全く……。仲間内で殺し合うなど痛々しくて見ていられないな」
見えざる鎌を構えた、その者は。
琥珀の瞳を輝かせる、その者は。
白銀の義手を纏う、その者は。
「……三武陣」
「ふむ、大赤翼。良い日和だな」
「あぁ、全く。殺し合うには充分過ぎるッ……!!」
彼等と、対峙する。
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