兜の男と旅館にて
【サウズ王国】
《第二街南部・旅館》
コンコンッ
メタルは木扉に対し二度、指の甲を当てた。
彼がノックしたのは[冥霊]の二人が滞在しているという旅館の一室だ。
結局、リドラに説得された彼はこうして旅館に来た次第である。
「もうやだ……」
冥霊に対し、悪い噂を聞いているワケではない。
解っている事と言えば、ギルドに登録したパーティーの中でも有数の実力者であること。
男女の二人組であり双方の実力は相当な物であること。
その程度でしかない。
ギルドで名のあるパーティーでありながら、その程度しか情報がないのだ。
即ち、裏を返してしまえば情報すら出ないほど暗躍していてもおかしくないと言う事である。
勿論、あくまで可能性だ。
だが、その可能性も有り得ない事は絶対では無い。
「………はい」
若々しい男の声。
恐らく、冥霊の男の方だろう。
メタルは背筋を伸ばして現実から目を背けるように、上を向いていた。
その声がした瞬間、彼は酷く眼を細めて視線を真正面へと向ける。
「どうかしましたか?」
木扉を開けて出て来たのは、兜。
顔面全体を覆う、鉄の兜だった。
「……デュー・ラハンか?」
「えぇ、まぁ。……何処かでお会いしましたっけ?」
カシャン、と音を立てて、デューは首を傾げてみせる。
彼のそんな様子を見てメタルは大きく胸を撫で下ろした。
その反応にデューはどうしたんですか、と問うが、メタルは気にしなくて良いんだと言葉を返す。
「そう畏まらなくて良い。ちょっとした調査でな」
「調査?」
メタルの畏まらなくて良いという言葉を聞いて気を抜いたのか、デューの言葉は何処か軽快だった。
いや、むしろそちらの方が話しやすいと言わんばかりにメタルも肩の力を抜いて気軽に彼へと話しかける。
「滞在理由を聞いても良いか?」
「この国に入るとき、説明したと思うんですが」
「あぁ、いや。再確認」
「観光と休息、普通にね」
「うん、掲載通り。……一応、二人の簡単な情報も」
「ギルド登録パーティー、[冥霊]です。俺はデュー・ラハン。ジョブは[魔剣士]。もう一人はダリオ・タンター。ジョブは[幻術士]ですね」
「……ギルド、ね」
クグルフ国でメメールも口にしていた、ギルドという組織。
ギルドとは如何なる国にも属さず、如何なる状況でも中立を貫く組織である。
その特性故に、各国の様々な人種が多種多様に属している組織でもあるのだ。
また、その中でも特筆すべき特性がパーティーだ。
ギルドは先程記した特性から、各国へのパイプを持っている。
そんなパイプや特性から、国がギルドへと依頼を送る事も珍しくない。
そしてそれを解決するのがパーティーという事だ。
パーティーとは、ギルドに所属こそしていないがそこに名義登録する事によってギルドから斡旋された仕事を請け負う、一種の専属傭兵的存在である。
無論、その仕事は様々な物で各国間の問題解決や地域に出没した魔物などの討伐まで様々だ。
命を落とす事もあるし、重傷を負うこともある。
しかし、その危険性に見合った報酬はあるので、実力のある者や国で働けないワケありの者はギルドに登録している事が多い。
と、ギルドの説明に至ってはこんな所だろう。
他にも国家間の問題解決だったり仲裁役だったり、と。
この世界での緩和剤的な役割を果たしているのだが、それについては省略する。
「……と、こんな所かな」
「あぁ、助かった。ありがとよ」
「しかし、何でこんな確認を? 余程の面倒事でも起きたのですか?」
「いやいや、そんな言うほどじゃねぇよ」
「何か問題が起きたなら、俺達、[冥霊]が解決しますよ? 依頼料は貰うけど」
「いや、そんなギルドのパーティー様に頼むような事じゃねぇからさ。とは言っても、俺もこの国の人間じゃねぇんだけど」
「じゃあ、どうして協力してるんです?」
「そりゃぁー、お前。友達のオネガイってヤツでな」
「はははっ、面白いですね、貴方」
金属音を鳴らしながら、兜を揺らすデュー。
メタルは彼が思ったよりも軽い人物だったようでホッと安堵の息をつく。
もし、この見た目通り凶悪な人物だったらどうするべきだったか。
そんな事を考えると尚更、胃が痛んでしまう。
まぁ、何はともあれ彼はこの通り軽快で明るい、気さくな人物だ。
自分の危惧している予感は的中しなかった、という事だろう。
「……所で、もう一人のダリオ・タンターは? 姿が見当たらないが」
「ん、あぁ。この国に来るなり、すぐに何処かに行っちゃってね。キャラバンとか来てるし見学に行ったんでしょう。ま、珍しい事じゃないんだけど」
「……女に振り回されるのって苦労するよな」
「あ、解る? 俺もさ、仕事の殆どなんてアイツの尻ぬぐいなんですよ。本当にろくな事じゃない……」
「そもそも女ってのは好き勝手やって、男に始末を放り出す。世間一般じゃその逆なんて言われてるが、物事には何でも例外があるってのを忘れないで欲しいね」
「その通り! 全く、そもそも女の尻に敷かれるのが男の役目なんて言うがーーー……」
結局、メタルがリドラの元に帰るのは日付が変わり、日が昇ってからとなる。
彼等のそれぞれの悪口を肴にして酒を飲み、談笑し、そして床に雑魚寝した。
女性の尻に敷かれている者同士、良く話が合ったのだろう。
旅館の酒がなくなり、近隣から苦情が来る程に彼等は話し合った。
ただ、翌日になって王城へと眼が丸になるほどの請求書が届いたのは言うまでも無い。
そして二日酔いに頭を痛めるメタルが、自分を尻に敷く女に満面の笑みで迎えられたことも同様に、だ。
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