落幕せし舞台は燃える
【ギルド地区】
《北部・廃墟地区》
「う、ぐ……」
抉れた大地の先、瓦礫の山の中で彼は瞼を開いた。
全身に鈍痛と激痛の波が襲い来る。慣れることすら赦されない、苦痛の嵐。
故に再び瞼を閉じることはなく、容易に起き上がることもままならない。
「痛ぇ……」
何が起こった? いったい、何が。
急に視界が反転して、暗転。気付けばこの状態だ。
指先一本動かない。無理すれば動かせないこともないのだが、恐らく動かせば怪我が悪化する。
血肉の軋みがそう訴えてくるのだ。動かずそのまま寝ていろ、と。
尤も、その通りに出来れば何ら苦労はないのだが。
「無事か」
「……おー、ニルヴァーか。お前一人?」
「フレースは既に避難させている。月光白兎のユーシア殿とドルグノム殿に任せたのだから心配あるまい」
「そうか……。取り敢えず起こしてくれる?」
「うむ」
メタルの腕を引っ張り上げつつ、ニルヴァーは周囲に意識を張り巡らせる。
幾つか動くものがある。いや、二つーーー……。明らかな殺意を持ってこちらを狙っている。
あくまで自分が居るから攻撃しないだ。現状、聞くに補佐派の者共が反逆を起こしているらしい。
どちらにも属していない、いや、前回統括長派に属した自分達だからこそ殺気を向けられているというべきだろう。
今回はどちらに付くのか、と。そう問われているのかーーー……。
それとも、単に機を窺っているだけか。
「恐らく後者……、いや、そう考えて動くべきか」
「え? 何が?」
「大した話ではない。場合によっては即戦闘というだけだ」
「ちょっと待ってそれ今の俺からしたらマジ死活問題」
メタルが漸く起き上がり、未だ鈍痛と激痛の走る腕で衣服に引っ掛かる瓦礫を振り払う。
幾つかの礫が地に落ちて転がった、その時。
戦闘の鐘は鳴らされた。
「来るぞ」
「え」
メタルの頬端を擦る一撃。
彼の薄肌一枚、肉片一片を奪い去って、それは大地に突き刺さる。
否、彼の薄肌一枚と肉片一片、ニルヴァーの腕一本と言うべきか。
「お、おま……」
「案ずるな、腕程度ならば直ぐに再生出来る。それよりここで奴等相手に戦力を減らす訳にはいかんからな」
「あ、やっぱり俺は戦力確定なんですね……。帰りたい」
「奴等は邪木の種の残党か。主力であるスー・トラスが前回の騒動で大監獄に投獄されたから解散したと聞いていたが……」
「あれ? それって前に俺が相手にした……」
「良かったな、因果のようだ」
「何も良くない。あーもー帰りてぇぇえええええええ!!」
【ギルド本部】
《ギルド統括長私室》
「ヌエ」
「はい、ここに」
椅子に座し、新たなワインを嗜むヴォルグの背後。
彼の斜め後ろ、正しく従者らしき振る舞いの元にヌエは影から這い出てきた。
その姿に一瞥としてくれることはなく、ヴォルグはいつも通りの傲慢にて不遜なる声で命令を下す。
「調子に乗った阿呆共を見張っておけ。戯れが過ぎるようであれば殺しても構わん」
「御意」
「それとあの者も見張っておけ。今は大人しくしているようだが、いつ動き出すやも知れんのだからな」
「お言葉ではありますが、処分してしまえば良いのでは? 呆けた今であれば、我々ならばーーー……」
「愚か者め。奴を相手取ることの意味を知れ」
ヴォルグの眼光は何処とないそれを見ていた。
遠方に存在するであろう、その脅威を。
決して目を逸らせるはずもなく、全てを破壊しかねない、その者の存在を。
「……失言です。申し訳ありません」
「構わん。あの男は酷く面倒な存在だ。ギルドという矮小な組織など片手で潰すだろう。だが、この組織を率いる身としてそれを認める訳にはいかんのだ」
「そうですか」
「ヌエ、見張りの三武陣を戻せ。雨沼も依頼を中断させて戻してこい。調子に乗った阿呆共を平伏せさせるぞ」
「御意」
再び影の中に消え去るヌエに、やはり彼は一瞥さえ向けることはない。
その行動が傲慢たる所以なのか、また別の意味を持つのかは解らないが、如何様にせよその視線は一点から動くことはなかった。
動かせるはずなど、なかった。
「貴様は全てを知っているのか……? いや、全てを知らぬが故に存在しているのか? 何故、こちらを見る? 貴様からすれば全て関係のない事だろう。この世界に飽いた貴様であれば、全てが救われようと全てが滅ぼうとも何ら関係のないことだ」
未だ乾かぬ口端を縛り、ヴォルグは装飾を踏み受ける。
この組織全てを持ってしても、不可能だ。そんな事は解り切っている。
だからこそ、余りに悍ましく思えるのだ。
「我がギルドでさえも、貴様の存在を掴むのに幾千の時間と人員を要した。そして漸く得た情報と戦略を持ってして、解ったのは、ただ、貴様は殺せぬという事実のみ。やはり貴様等は殺せないという純然たる事実のみーーー……」
なぁ、そうだろう、と。
彼は結んだ口端を散らしながら、足下の装飾を砕きながら、述べる。
世界の異点よ、理から外れた者よ、存在し得ぬはずの抗いし者よ、と。
彼は遠き果てに存在するその者へ、語りかけるのだ。
「なぁ、そうだろう?」
語ることも悍ましく、忌々しい。
その名を、彼は吐き捨てるように、吐き出すように、吐き潰すように、呟いた。
「四天災者[斬滅]よ」
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