その首値は幾銭か
《西部・依頼受付所》
「……見失ちゃった」
鬱蒼と人が行き交う中、スズカゼは左右を見渡して大きく肩を落としていた。
デモンを追って西部の依頼受付所にやってきた彼女だが、当のデモンは人混みの中に紛れてスズカゼの視界から姿を消したのである。
あんなに目立つ獣人なのだからパッと見渡せばどうにかなるだろうとも思ったが、自分の立つ位置すらないこの場所では左右を行く人々のせいで何も見えはしないのだ。
「ったく、こうなりゃそこら辺の人混みに一発かましてやって……」
「何恐いこと言ってんスか……」
人混みに圧迫される彼女の隣に、いつの間にか居たのはシンだった。
彼は背に剣を携えたまま彼女と共に人混みの中で点在する一つの停止点となっている。
そう、流れゆく激流の中に転がる石ころのように。
「あれ、シン君? 何で居るんです?」
「何で、って。今超高額の依頼が出てるからって話で……」
「はい?」
「超高額の依頼が定員なしで応募してるらしいんスよ。多分、街中に来てる襲撃者迎撃の依頼じゃないッスか? ギルド本部からの依頼なら報酬不払いとかないし」
「へぇ、凄いですね。私も受けようかな」
「と、登録してない人はちょっと……」
「えー」
ぶー垂れるスズカゼを横目に、シンは取り敢えず眼前へと向き直った。
正面に自分達より大きい獣人と人間が居るために、依頼板まで行くことは出来ない。
いや、彼等が居なくともこの人混みでは無理だろう。
大抵、こういう時は受付の者が依頼を読み上げて宣言するものだ。
そしてその場に居た者達が同意すれば同意しただけ依頼に参加できる、と。
ほら、今のように受付の大声大好きな男が机上に登り依頼を読み上げるのだ。
大抵この後に待っているのは皆が依頼対象を追って我先に手柄を挙げんとばかりに外へ殺到するから、今の内に心構えをしておいた方が良いだろう。
「それでは依頼を読み上げます!!」
しぃん、と。
今までの喧騒が嘘だったかのように、受付所は静寂に染まり尽くす。
息を呑む音、咳払いの音、今か今かと待つように荒い呼吸の音。
そんな者が染み出す静寂に抗うが、それを止められるはずもなく。
やがて完全な無音となったその時、受付の者は目一杯の、腹底からの声でそれを読み上げた。
「サウズ王国第三街領主の首に八百万ルグ!! ギルド統括長ヴォルグの首に一千万ルグ!! 期限は本日中のみ!! 以上ッッッ!!」
誰が反応できようか。
予想していた物とは全く違う、その依頼に。
だからこそ、シンでさえ呆然とするばかりで、スズカゼは最早笑いすら零れていた。
成る程、連中は何の前置きもなく行動を起こした訳ではない。
既に全て整っていた。飛んで火に入る夏の虫ならぬ、飛んで罠に入る招かれ虫という訳だろう。
つまり、現状、何が、起こるかと、いうと。
「……アイツか?」
誰かが一人、武器を構える音が静寂の中に雫を落とした。
それは波紋となって瞬く間に広まって、そして、そう。
皆の視線と殺気が少女に突き刺さる、呼び水となって。
「殺せ」
呼び水はやがて水溜まりとなり湖となり滝となり河となり海になる。
豪流が広がるのは刹那。少女に者共が襲い掛かるのは一瞬。
八百万という、彼等には生涯を掛けても手にし得ないであろう大金を前にして。
殺意は容易く、伝染するのだ。
「……逃げた方が良いッスよ」
「いや、ここは、うん」
確かにシンの言う通り逃げれば安全だろう。
だが、ここで逃げれば間違いなく仲間が狙われる。自分に親しい人間が狙われる。
そしてそれは今隣に居るシンとて例外ではなく、月光白兎や鉄鬼、[八咫烏]や[三武陣]とてそうだ。
彼等ならきっと自衛は出来るだろう。だが、一切の傷を負わないことはない。
ならば、そう。ここで有象無象を蹴散らして。
その可能性を無くすぐらいは、まぁ、構わない。
「掃除だけ、していきますよ」
《東館・外れの倉庫》
「うっへぇ、薄暗い上にかび臭ぇ。何だってこんなトコ選ぶかねぇ」
様々な物がごった煮状態で放り出された倉庫。
当館付近にはある物の、放置された物々が余りに異臭を放っている為に誰も近付かないような場所。
そこに居たのは、スズカゼが追っていたはずの獣人、デモンだった。
彼は余りに異臭に曲がりそうな鼻を押さえつつ、自身の背後に立つ男に大して白銀の牙を見せる。
「なぁ、聞いてんのか? ジェイド・ネイガー」
「……やはり、生きていたか」
「あぁ、生きてるさ。あの程度で死ねるかよ。見ろ、お前にやられた腕だって首だって元通りだぜ?」
「自慢の筋力や治癒力による物ではあるまい。あれ程の傷を跡形も無く治療、いや、再生出来る仲間が居るのだな」
「まーな」
「今回も仲間達が来ているのか?」
「いやいや、言う訳ねーじゃん。しれっと俺を引っかけようとすんじゃねぇよ。そういう腹芸苦手なんだからさ」
めきり、と。
その獣人の掌に血管が走り、重圧な肉壁が破壊を刻む。
その瞳に浮かぶのは悦楽に等しい喜び。永き旅の果てに秘宝を見つけ出した冒険家のような。
言いようのないほどの、喜び。
「俺が得意なのは闘争だけだ。だろう? [闇月]」
「私をその名で呼ぶな……、デモン・アグルス」
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