北館に舞う三つの脅威
《北館・食堂》
「……ん? 何か音しなかったか?」
肉を頬張るメタルは周囲を見渡し、ふと思いついたようにそう述べる。
実際は轟音が鳴り響いているし、天上は激震して埃を散らしている上に、周囲の人々は逃げ回っている。
ただ、彼は久々に肉が美味いので気付かなかっただけだ。
それでも少し図太過ぎる気もするが。
「襲撃のようだな。姫の護衛に向かった方が良かったか」
「要らねぇだろ。アイツの護衛してる方が余程危険だぜ」
「否定はしませんけど、厄介事が起きたのは確かなようですね。それも中々規模の大きな襲撃です」
「デュー、お前何かしなくて良いの? 仮にもギルドの主力だろ?」
「まぁ、動いた方が良いのは間違いないんですけどねぇ。この襲撃はどうにも妙で……」
「妙? 何が?」
「行動が早すぎるんですよ。下準備も何もない。まるで子供の暴れ方だ」
「即ち襲撃は襲撃でも目的がない、と?」
「いえ、むしろ目的しかない。その後はどうでも良いと言わんばかりの襲撃です。普通は逃げる為の手段を用意してやっと計画を実行に移せるけれど、これはもう思い付きでやったようなーーー……」
「要するに俺の肉は奪われないんだな、良し。んじゃ、さっさと逃げようぜ」
「そうもいかん。姫が居る時に襲撃されたとなれば話は変わってくる。少なからず姫の実力は知れ渡っているし、彼女を巻き込むのはサウズ王国すら敵に回すということだ。デューの仮説が正しければそんな事を気にしていないと言えるだろうが、実力さえ無視した計画は最早無謀。自殺行為だろう」
「自殺行為ねぇ。馬鹿なことするなぁ」
「いやいや、ジェイドさんの言ってるのは要するにスズカゼさんも標的じゃないか、って事ですよ」
「アレを狙って……?」
「その通りアレを……、じゃなくて、あの人を狙って。えぇ、はい」
メタルは最後の一切れを食い千切って呑み込み、皿の上に残るスープも飲み干した。
その頃にはもう食堂に人は残っておらず、ぽつんと残る彼等の声が響くばかり。
否、彼等の声と外からの激音、悲鳴が響き渡るばかりと言うべきか。
「さて、そろそろ我々も行動を起こそう。俺は姫の様子を見てくる。メタルとデューはそれぞれ襲撃の現状を調べてくれ」
「連絡手段は?」
「姫と接触できればそのままそちらに向かう。貴様等なら死にはしまい」
「俺をお前等超人外共と一緒にすんじゃねぇよ。フツーに分類しろフツーに」
「フツーに不死身ですもんねぇ」
兎も角、と。
そう呟くと共にジェイドはその場から姿を消した。
一瞬で、まるで煙のように。
「彼も彼なりに本気のようですね。やはり、来る」
「え? 何が?」
「有象無象の魔力の中に、あるんですよ。比類なき強大な魔力がーーー……」
「おい待て、お前がそういうってこたぁ、かなり強い奴が」
メタルの顔面を捕らえる拳。
彼の足が地面から離れ、机上の皿が宙を舞い、遅れてきた音が全てを破壊する。
衝撃や意識さえも、メタルからすれば全てが遅れていた。
見えたのは、僅かに、刹那に見えたのは。
空からの光に照り輝く、綺麗な頭皮。
「は、げ?」
その言葉を最後に彼は姿を消した。
衝撃と共に空気の激震と凄まじい拳撃に弾き飛ばされて、壁面すら突き破って、ギルド地区の大地を抉り込んで、吹き飛んだのだ。
残されたのはデューと、頭皮を照り輝かせながら黒眼鏡に瞳を隠し、萎びた煙草を咥えた、その男。
「……ハーゲン?」
「デュー。まさか一人目がお前とはな」
「成る程、余り把握したくない状況ですが把握しないといけないようですね。いや、必然でしたか。貴方達は補佐派でしたから」
「まぁ、そうだな。今回の襲撃は襲撃ではないのだからな」
「……それは、どういう」
デューは刹那にして言葉を打ち切り、巨大な鉄塊に近い大剣を振り抜いた。
眼前のハーゲンにではない。背後に向かって、全力で。
「くふっ」
まるで、大剣の機動が解っていたかのように、それは刃をす射抜けてデューの身へ白銀を突き立てていた。
紅色が兜の縁から吹き出し、漆黒を伝っていく。ほんの数瞬、一秒にも満たない出来事の中でデューは微かに大剣から手を緩ませた。
それを狙ったかのように彼の前後から放たれる拳撃。
臓腑と肋骨を圧砕するに充分な、一撃。
「誰が俺一人で相手にすると言った?」
ハーゲンの問いにデューが呼応することはない。
前後より放たれたハーゲンと獣人のフォッカによる拳撃を前に、ただ膝を折らないだけで精一杯だった。
自身の気管を圧迫する流血、躍動の抜けていく指先、圧砕される余り一部一部と裂けてく臓腑の感触。
「お前の強さは誰よりも知っている。だから」
その男は。否、その男達は。
デューにナイフを突き立てた顔面に刺青を刻む薄暗い雰囲気の男は。
デューの背中より拳を撃ち込んだ、その頭皮を光らせる黒眼鏡の男は。
デューの全面より臓腑を圧砕する、燃えるような甲殻と白銀の牙を持つ獣人は。
笑うこともなく、ただ哀しむ様子もなく。
冷静に、坦々と、事実だけを述べる。
「お前の相手は俺達ーーー……、大赤翼だ。覚悟しろ、冥霊デュー・ラハン」
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