襲撃せし者の言伝
「あ、ちょい待ち」
緊迫した空気の中へ挟むように、デモンは掌を見せる。
未だ殺気を解かぬスズカゼとヴォルグを前で、呑気そうに。
彼は懐を二度三度漁って首を捻り、気付いたように尾尻の部分を漁って漸くそれを発見した。
「えーとな、今回の首謀者……、要するに俺の雇い主から言伝だ。ギルド統括長ヴォルグ氏とサウズ王国第三街領主のスズカゼ・クレハ氏に告ぐ。これは復讐であり、報復であり、制裁である。貴様等により死した正しき統括者、ラーヴァナ様の仇討ちだ、だとよ」
「つまり私はまた巻き込まれた、と。このギルドって私になんか怨みでもあるんですか?」
「ふむ、因果か……」
「いやアンタのせいですからね?」
さて、と息をつきながらデモンはその紙を懐に仕舞い込んだ。
彼の言うことを要約すれば前回、統括長派に敗北した補佐派の残党が復讐、報復、制裁に訪れたという事だろう。
そして、その中には統括長派の者達と統括長であるヴォルグは当然として、騒ぎに荷担したスズカゼも含まれているらしい。
「さぁて、早速やるか。俺は暴れるだけ暴れてくれと言われてるんでな。報酬も前払いっつー気前の良さだ」
「幾らぐらいでした?」
「五百万ルグ。やばくね?」
「やばいッスね」
紅蓮の刃が弧を描く合間さえ無く、眼前の獣人へと襲い掛かる。
その速度は視界に留まる範囲では無く、既に音がする頃には臓腑を切り裂いている程に。
然れど、その刺突が獣人の肌を貫く事はない。
薄皮一枚、血管の末端を傷付ける程度。
「……どんな体してんですか」
「その言葉そっくりそのまま返すぜ。腕動かす暇無かったから筋肉を圧縮するしか出来なかった」
「圧縮すりゃ刃を防げるんですか……」
「試すか?」
「是非」
一閃は不可視。
大音が響き、火花が散った頃には第二の一閃が放たれていた。
衝突音が途切れることはない。火花が途切れることはない。
ただ空間に刻まれる光の緒だけが、彼等の腕を幾千に見せる。
飛散するのは火花のみ。皮膚の破片すら、髪毛の一本すら、無い。
無論、紅蓮の中に紅色が混ざることも、ない。
「ハッハァ!!」
デモンの嗤吼。
彼の頬はつり上がり、白銀の牙と真っ赤な歯茎が露出する。
未だ鳴り止まぬ衝突音の中に、彼の嗤吼が混ざり込む。
それに呼応するが如く、スズカゼは眉根を顰め、ちぃと軽く息を吐いた。
「完成され始めてるなァ!! お前は到りつつ、いや、最早到っている!! 領域へと!! お前は!!」
「訳の解らんこと言ってないで下がって貰えます? そろそろ疲れてきたんですが」
「嘘言えお前。むしろ研ぎ澄まされてるぞ」
僅かに、一筋。
デモンの指に赤い線が浮かぶ。
スズカゼの一撃が彼の薄皮を微かながらに切り裂いたのだ。
そう、血すら得られないが、確かに一撃が。
「悪くねぇ。いいや、むしろ望ましくすらーーー……」
黄金、或いは白銀。
それはスズカゼの視界に映る幾千の牙に等しい爪を奪い去って行く。
破壊の化身である獣人は刹那にしてその一室から消え去ったのだ。
残されたのは、ただ刃を構え呆然とする一人の少女。
そして指先を構え黄金、或いは白銀の雷撃を散らす一人の男のみ。
「魔術、使えたんですか」
「些細な事だ。それより今の一撃があの愚劣な獣人を仕留めたとは思えん。我が一室を傷付けた罪は重かろう? 仕留めてこい」
「私、客人ですよね?」
「客人だった、だな。聞いての通り貴様も狙われているようだ。もし貴様が普遍一辺倒の貴族であれば護衛もさせるが、その戦力を寝かせておくのは勿体ない。今回も護衛という名の従者を連れて来ているのだろう? ならばそいつ等も戦わせれば良い」
「客人って何だっけ。と言うかやっぱり巻き込まれたじゃないですか」
「覚悟していただろう? ならば、それは必然だ」
スズカゼは最早、舌打ちをつくよりもため息の方が先に出た。
そうとなっては舌打ちなどする気にもなれず、仕方無く肩を落として崩れた壁を見上げる。
足下には豪華な宝石や黄金が散らばっているが拾う気にもならない。
後で何を言われるか解らないし、今の状況では石ころにもなりはしない。
「んじゃ、行ってきます」
彼女は後ろ手を振りながら、デモンが弾き出された穴から飛び出ていった。
いつまで経とうとも着地の音はない。衝撃を殺して駆けていったのだろう。
例えどれだけ高くとも、どれだけ足場が不安定だろうとも。
スズカゼ・クレハが、飛び降りた程度で傷を負うはずなど、元よりない。
そしてそれは本人でさえ自覚している。
「……ふむ」
何ら前置きの無い襲撃。資金源と人員すら潰したはずの補佐派残党からの反勢。
まぁ、それは良い。裏で糸を引いているのは明らか。露見は時間の問題と言える。
違和感を感じるのはスズカゼ・クレハだ。凄まじい成長率と言えるだろう。
前回、ここを訪れた時よりも遙かに強くなっている。あの時など比べものになるまい。
彼女の実力は既に東のサウズ王国最強の男、北の精霊の巫女、西の封殺の狂鬼ーーー……。
連中の領域に到っていると言っても良い。一兵卒程度の実力しかなかった、あの頃から、そこまで成長したのだ。
「何が、起こっている……?」
不穏が動いている。違いなく、あの小娘と共に。
嘗ての四大国会議の頃に囁かれた不穏ではない、また別のーーー……。
読んでいただきありがとうございました




