幕は上がらず切り落とされる
【ギルド本部】
《ギルド統括長私室》
「久しいな、スズカゼ・クレハ」
いつ振りだろう、この男の傲慢さを前にするのは。
豪華絢爛な一室、無駄な装飾に溢れる家具、やたらと光るヴォルグ。
何だか前回より豪華さが上がっている気がする。しかも全身金色だ。
この男はいったい何処まで光るのか。もういっそのこと頭も光らせれば良いのではないか。既に金髪だが、物理的に光るという意味で。
「相変わらず光ってらっしゃるようで」
「うむ、素晴らしい褒め言葉だ」
「あぁ、これ褒め言葉なんですか……。と言うか、さらに光ってますけど何があったんです?」
「貴様の言っていたはろーわーくを作ったからな。街の浮浪者共も減っていただろう?」
「確かに殆ど見ませんでしたが……」
「前回の統括長派と補佐派の動きで人員も減ったし街に大きな被害も出ただろう? 復興序でに拡大も視野に含め、土木作業や炊き出しなども増やしてな。今では確実に四大国を越す規模となっている」
「大丈夫なんですか、それ。国際的に」
「フハハハハ! この我に西からの嫌味が通ずると思うてか!?」
「ですよねー」
軽く言葉を交わしながらも、スズカゼは意識全てをこの空間に置いては居なかった。
自分も嘗てに比べればある程度精神力も付いてきた。と言うか図太くなってきた。
しかし未だこの男の傲慢不遜で尊大な態度の前には気圧されてしまう。
それから逃れる術は現在そうしているように意識全てを集中させず、敢えて分散させることだ。
なので口調が雑になるし適当な受け答えになるが、相手は満足そうなので別に良いだろう。
尤も、今から行う話題はそうも行かないのだが。
「……で、何ですけど」
「言いたいことは解っている。謝礼だろう?」
「いや、そっちじゃなくて。そっちもそうですけども。……ここ、何か狙われてません?」
「ほう、解るか。何、案ずるな。貴様ならば巻き込まれても死なぬだろう。それに周辺はヌエと三武陣に警戒させておるしな。そうそう事は起こるまい」
ヴォルグは紅色のワインが注がれたグラスを傾け、唇に当てる。
彼の口内に広がる芳醇で高貴な薫り、甘く気高い酸味。
正しく最高級の名に相応しいそれを嗜みつつ、彼は微かに息を吐いた。
「あぁ、だから三武陣の皆さんに会えなかったんですね、成る程成る程。んじゃ、さっさと謝礼貰って帰るんで……」
「そう遠慮するな。もう少しゆっくりしていけば良かろう」
「いやもう騒動に巻き込まれんの目に見えてんじゃないですか。最近は出先で騒動に巻き込まれるのが通例みたいに思われてんで、もう今回は帰ります。ってか帰らせて」
「嘗ての貴様は他人の評価など気にせぬ者だったろうに。環境は人を変えるものだな」
「アンタが不変過ぎるんだと思いますけども」
少女の嫌味など何処吹く風。
傲慢不遜な男は今一度高価なワインに口を付け、満足げな息を漏らす。
嘗て統括長派と補佐派に勝利した自分だ。今更、羽虫が耳元で囀ろうと何事もないとでも言いたいのだろうか。
いや、事実そうだろう。考え得る限り今回の厄介を起こすのは補佐派の残党か、何処かの大馬鹿者程度。
今更、彼等相手に喧嘩を売る者など居るはずがーーー……。
「え」
一瞬だった。
少女の思惑、統括長の傲慢を打ち破るかのように。
その男は豪華絢爛な壁面を蹴り破りて、突貫したのである。
舞い散る宝石は光の雨、鳴り響くは金属の音色、降り注ぐは殺意の悲鳴。
ただ一瞬、ただ刹那、ただ無秒。
その男は、平然と、全てを破壊するかのように。
その部屋へとーーー……、乗り込んで来たのだ。
「……よォ、久しいじゃねぇか」
驚愕はそれだけに留まらない。
スズカゼの耳に響いたのは過去の足音だった。
聞き覚えのある声、忘れるはずの無いあの事件に関わっていた男の声。
ここに居るはずの無い、居て良いはずのない男の、声。
「デモン・アグルス……!!」
嘗てサウズ王国を襲撃して自身を攫い、聖死の司書にて死したと思われる、その男。
デモン・アグルス。
破壊の化身であるその獣人は、そこに居た。
「愚か者が。我が領域に許可も無く立ち入るか」
「いやぁ、悪い悪い。ちょっくら試すって話だったからよぉ」
「御託は良い」
デモンの全身が逆立ち、警告音を鳴り響かせる。
眼前の少女相手ではなく、傲慢不遜に構える男に、だ。
高が統括長、椅子に座るだけの阿呆と侮っていたが、とんでもない。
その男はスズカゼ・クレハ同等、否、或いはそれ以上の力を有している。
自身を歓喜させるに相応しい、その力を。
「良ぃぃいいいいねぇえええ……、狂乱の時代が来るぜぇええ……!!」
歪み、歪ませ、歪まれ尽くす。
紅蓮の刃を構え紅蓮の衣を纏いし少女、自身の周囲に黄金の雷撃を散らす傲慢なる男、彼等と対峙し両腕に破壊を纏う獣人。
彼等の対峙は街中に吹き出す業火も、本部より響き渡る轟音も全て掻き消して。
鳴り響き、鳴り渡り、鳴り到る。
そう、全てはーーー……。
「闘争の、為に」
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