鍛冶屋と医療所
《東部・鉄鬼》
「兜に問題はなかろう。少し傷がついていたから修復しておいたぞ」
「ありがとうございます。では、料金の方はいつものギルド口座から……」
さて、所変わって東部にある武器防具の店及び鍛冶屋の鉄鬼。
月光白兎を後にしたスズカゼ達はデューの兜を修理するという理由もあって、この鉄鬼を訪れていた。
スズカゼは先程までユーシアの尻を見ていたかっただとかフレースとイチャつきたかっただとか抜かしていたが、どうやら漸く諦めが付いたらしく、今は店先でメタルを挟んでシンと真剣を向け合っている。
「いやお前等何で自然に真剣で向かい合ってんの? そして何で俺を挟むの? ねぇちょっと聞いてる?」
「シン君、また腕を上げたようで……」
「フフ、いつまでも負け通しじゃ男が廃るってもんッスよ……。勝ったらデートして貰うッスよ、デート!!」
「上等だゴラァ!! やってみろやぁ!!」
「やべぇコイツ等聞いてねぇわ」
メタルの悲鳴が響き渡る中、ジェイドは店先に並ぶ刀剣を見てため息をついていた。
どれも見事な逸品。今使っているのも悪くない品ではあるのだが、やはり愛用の刀が一度折れてしまった事もあり、どうにも完全に手へ馴染まないのだ。
出来ればここにある一振りを手に入れたい所だが、その値段が凄まじい。
具体的には自身の稼ぎの数百倍を超える値段である。
「ふむ……、見事な一振りだが……」
「解るか、そこな獣人よ」
「店主、これはどれも素晴らしい逸品だ。血肉は元より盾を切り裂き刃を絶ち、決して朽ちることのない素晴らしい刃だろう。だが、その……、値段がだな……」
「このギルド地区は安く上質な品を出すことを一体的な目標として掲げておる。だが、その刀達は我が生涯の技術の粋を賭して創り上げた逸品。1ルグたりとて負けることは罷り通らん」
「しかし、この値段を買える者は居るのか……?」
「それぐらいの気概が無ければ与える気にはなれんな」
「そうか……」
寂しそうに零れる声にも、鉄鬼の店主は全く耳を貸すことはない。
店先に並ぶ見事な逸品。ジェイドは背後で約一名死にかけていることなど気にも留めず、ただそれを眺めてはため息をつき、時に財布を取り出してその中身を確認しては目を細めるという行為を延々と繰り返していた。
《医療所・灯火》
「こんにちはー」
さて、再び所変わって医療所こと灯火。前回ギルドを訪れた際に世話になったケヒトに挨拶をしに来たのである。
しかし医療所の入り口にはCLOSEの看板が掛かっており、その前には一人の少女が立ち尽くしていた。
「あれ? あの子……」
そう、その立ち尽くしていた少女は嘗てスズカゼ達も巻き込まれたギルドの権力闘争にて人質となった、物乞いの少女だった。
彼女は物乞いだった頃とは比べものにならないほどの綺麗な身形をしており、その手には木編みの籠が握られている。
CLOSEと刻まれた看板の前で右往左往する少女の手の中では、その籠がゆらゆらと揺れていた。
「久し振りー!!」
スズカゼはその少女の背後から抱き付き、母親が赤子を抱え上げるかのようにぐいーんと持ち上げた。
少女はあたふたと慌てながら後ろへ視線を向け、懐かしい顔に驚愕と歓喜の色を見せる。
尤も、持ち上げているスズカゼ本人が少女とはまた違う歓喜の色を見せているので、ジェイドとデューが全力で止めざるを得なかったのだが。
因みにメタルは先の斬り合いに巻き込まれて瀕死である。彼等がここを訪れた理由の一つだ。
「あ、あの……」
「元気にしてた?」
「元気……、です」
「声もしっかりしてきたね。今はどうしてるの?」
「月光白兎で働かせて貰って……、ます」
「うん、そう。元気にしてるようで良かった。取り敢えずジェイドさんとデューさんは私の方から手ェ離しません?」
「まずはその少女から手を離せ、姫」
「具体的に言えばその子の胸から手を離してください、スズカゼさん」
「おっぱい掴んでるだけじゃないですか」
「それが問題なのだ」
彼女は口惜しそうに少女を降ろしつつ、彼女の頭を撫でる。
ジェイドとデューはその腕がいつ胸や尻に伸びるのかと警戒していたが、流石にそこまではしなかったようだ。
取り敢えず彼等は安堵の息を吐きつつも、眼前で少女を愛でるスズカゼへ今後の予定を話しかける。
「これで回るべき場所は回り終わっただろう」
「そろそろギルド本部に行きませんか? この国に入った時点でヴォルグ統括長には情報が行ってると思いますし」
「……ぶっちゃけ、ここでやりたい事は大体終わったんで帰って良いですか? 三武陣の皆さんに会えてないのが心残りではありますけど」
「いやいや、本来の目的果たしてませんから。と言うか何の為に来たんですか」
「カワイイ女の子とイチャイチャする為……」
「……まずは貴方の周囲から女性を遮断する所から始めないといけないようですね」
「そんな事をすればもれなく狂神が降臨するからやめておけ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼の中、少女の眼には瀕死の男が必死にこっちへ手を伸ばしているのが見えていた。
最後にお前等頼むからこっち向け、と。虫の声よりも擦れた息でそう述べた後。
その男は静かに、その手を地面へ落とすのであった。
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