久々の酒店へ
【ギルド地区】
《東部・東門》
「久々に来ましたねー」
獣車から降りた彼等を出迎えたのは四大国の規模すら上回る巨大な地だった。
道行く人々はざっと見回しただけでも数百人。周り並ぶ店々は幾十を超える。
しっかり塗装された道は美しく、綺麗に飢えられた樹木がより明媚さを強調しているほどだ。
青き空に燦々と輝く空、心地よい風、人々の活気に満ちた音。
これぞギルド。四大国に並ぶ超巨大規模組織。
「成る程、懐かしい。嘗てこの地を訪れた時は未だ建設中だった」
「何だ、ジェイドってここに来たことあったんだな」
「大戦時にな。完成してからは数回ほどしか……」
「完成してからも一応は来てたんですね」
喧騒に掻き消されそうな言葉を交わしつつ、彼等はギルド地区へ入る為に一歩を踏み出した。
ただ門を超えただけだというのに、人々の活気から伝わる熱気と騒音は一層大きくなる。
自身の足下にある煉瓦の塗装路すら、その熱気に激震しているのではないかと錯覚してしまう。
「……っと」
しかし、スズカゼ、ジェイド、デューが感知したのはそこではなかった。
熱気に押されて圧倒されているメタルは無論のこと気付いていないが、自分達を見ている者が居る。
物珍しさではない。明らかに、敵意を持ってだ。
「面倒事に巻き込まれる覚悟は出来ました?」
「もう確定なんですね」
「甘いな、デュー・ラハン。姫と共に行動するとはそういう事だ」
「お前等ぁー! 早く月光白兎行こうぜ-!! あそこの飯食ーいーたーいー!!」
「そしてあの馬鹿と行動するというのはこういう事だ」
「あぁ、それは大分前から知ってます」
《酒場・月光白兎》
「どーもお久し振りです、ユーシアさんと旦那さん!!」
酒場に意気揚々と入ってきたスズカゼを出迎えたのは、妙齢の女性と仏頂面のマスターだった。
二人はこの月光白兎の店主であり、前回スズカゼ達がここを訪れた時にもてなしてくれた夫婦だ。
因みに旦那でありマスターである巨漢の大男の名前はドルグノム。妻であるユーシアは愛称としてドルと呼んでいる。
何故スズカゼが旦那の名前を覚えていないのか、ではない。
当然スズカゼが妻の名前を覚えていた、と言うべきだ。
「あら、久し振りね。デューもいらっしゃい」
「どうも、お久し振りです。お二人ともお変わりないようで」
「私とドルは元気に店やってるわよ。今回は一人違うようね?」
「ジェイド・ネイガーだ。スズカゼ・クレハ嬢の護衛をしている」
「へぇ、随分と凛々しい獣人ね。まぁ、ウチのドルには負けるけど」
さらりと惚気ながら、ユーシアは窓際の席へと彼等を案内する。
先程の喧騒が垣間見えながらも、通りの樹木がよく見える席だ。
緑と太陽の光に包まれながら食べる料理はさぞ美味なことだろう。
「美味だったのよね……」
そう、美味だった。
少なくともスズカゼ達が来る前までは、美味だった。
今では色んな意味でキリキリと胃が痛む。
「あれ? フレースさんじゃないですか。お久し振りです。相変わらず良いおっぱいとお尻を……、あぁ、太股も捨てがたい」
「久しいな、スズカゼ・クレハに……、ジェイド・ネイガー」
「確かニルヴァーと言ったな。ギルドで活動しているとは話に聞いていたが」
スズカゼは自然な動作でフレースの隣に座り、他の面々もニルヴァーの隣に座す。
見事に男女対面型となったが、意識の向きは女から女へ、である。
隣から来る露骨な色塗れの視線に辟易としながら、フレースは月光白兎特性パスタの最後の一口を食べ終わった。
「しかし、今回は何の用件だ? またスズカゼ・クレハが何か問題を起こしたのか?」
「起こす予定ではありますけど違いますよ。今回はヴォルグ統括長に呼ばれて来ました」
「あの男に、か。どうにも胡散臭いので信用ならんのだがな」
「ニルヴァー、仮にも統括長にそんな事言ったら駄目なのよね。確かに胡散臭いけど」
「つーかあの人金色過ぎて目ぇ痛いんですよね。デューさん、あの人の金箔剥ぎましょうよ」
「アレ純金ですから……。と言うか自然に剥ごうとか言うの止めません?」
「ってか純金ってマジかよ。どんだけ豪華なんだ」
「あの人は豪華大好きなんで……」
取り敢えずスズカゼとジェイドは手元のメニューを取り、適当に目を通す。
メタルとデューは駆け付け一杯と言わんばかりに月光白兎名物の月光白兎酒を注文。
ニルヴァーもそれに付き合って一杯、フレースにはミルクを一杯注文した。
「しっかし御目出度いですね、フレースさん、妊娠何ヶ月です?」
「え」
「……あれ? 違いました?」
「い、いや、合ってるけど……。見た目じゃ解らないと思うのよね」
「何の話だ?」
「フレースさんのお腹に赤ちゃんが居るという事ですよ、メタル」
「見た目変わらねーけど!?」
「最近はお腹が余り出ないこともあると聞く。しかし見た目だけでは解らないのは事実だろう。よく解ったな、姫」
「いや、何となく」
「という事は私達の子供は娘になるのだろうか」
ニルヴァーの言葉に周囲の空気は氷点下以下まで一気に降下した。
有り得ない話ではない。と言うかむしろその通りとすら言える。
だが、しかしだ。だが、しかしだ。だが、しかしだ。
有り得ない話だからこそ、洒落にならない。
「こ、怖ぇこと言うなよ……。冗談に聞こえねぇよ、スズカゼだし」
「強ち間違っていない辺り、洒落になっていないな……。姫だしな……」
「は、はは……。まぁ、スズカゼさんですし……」
「ちょっとお前等表に出ろ」
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