道行く獣車が出会うのは
【サウズ平原】
「……ボンクラめ」
「ボンクラだな」
「トーヘンボクじゃないですか?」
「待て、俺はどうしてそんなに責められている?」
獣車の中、ボンクラトーヘンボクことジェイドは皆からの冷たい視線を受けていた。
事の次第を知った中で彼を責めない者は居ないだろう。怪我という口実ではあったが、漸くジェイドと共に過ごせる時間を得たハドリーを置いてきたのだ。
これ以上のボンクラトーヘンボクが他にあろうか? いや、ない。
「本当にハドリーさんが気の毒ですよねぇ。俺だってそこまでトーヘンボクじゃないのに……」
「全くだぜ。俺なんか速攻で気付くのによぉ」
「そもそも相手が居ませんけどね」
「「やめて」」
蒼々と輝く平原の中を進む獣車の中、喧騒は喚き立つ。
ギルドに向かうこの道すがら、彼等は騒音に塗れていた。
このまま順調に進めば数日程度で到着するだろう。
そう、順調に進めばーーー……、だが。
「……ん? 今なんか聞こえましたね」
「獣車も止まったぞ」
「何かあったようだな。様子を見てこようか」
「いや、良いですよ。俺が見てきます」
そう言うとデューは獣車から飛び降り、操縦者の元へと歩いて行った。
残されたスズカゼ、ジェイド、メタルの三名は何事かと外を覗き見る。
すると、そこに居たのは遭難していたのかと思うほど汚れた外套を羽織る三人組だった。
「……誰ですかね、アレ」
「何処かで見た気もするのだが……」
一人、沼地のように沈んだ色の頭髪を持ち、黒き顔色に蒼漆の刺青を持つ男。
一人、太陽に頭皮を輝かせ、その目元を黒眼鏡で多い、その口に萎びた煙草を咥えた強面の男。
一人、燃え盛るような甲殻の肌に白銀の牙を持ち、衣で覆い隠せぬほどに引き締まった肉体を見せる獣人の男。
「男ばっかじゃねぇか轢き殺そうぜ」
「お前時々トチ狂ったこと言うよな」
「時々ではない。常にだ」
窓の外ではその者達とデューがどうやら話し込んでいる様子。
メタルは喧嘩かと身を乗り出したが、ジェイドの否定によって再び腰をついた。
確かに、スズカゼの目からしても一見喧嘩しているように見えなくもない。しかし、実際はどうだ。デューの表情は兜で解らないが、対する三人組は随分と朗らかな物である。
「知り合いだったのかなぁ」
「の、ようだな。もしやするとギルドの者なのかも知れない」
「見るからにやり手っぽい人達ですけどねぇ。特にあのハゲと獣人」
「おいそのハゲがメッチャこっち見てるってアレ駄目なヤツだって殺気がヤバいって」
「……何か、伝えようとして居るぞ」
「口パクで……、えーと、こ、れ、は、そ、っ、て、る、ん、だ。知らんがな」
「つーか剃ってんのかよ凄ぇな」
誇らしく、男は太陽に輝く頭皮を自慢するように胸を張る。
対するスズカゼは余りの眩しさに即行で布敷居を閉め、再びメタルの側に向き合った。
「しっかし、あの顔色の悪い人は何か微妙なんですよねぇ。やるのかやんないのか、よく解らないっていうか……」
「実力を隠しているのだろう。その点では他の二人よりタチが悪い」
「成る程、実力を隠す……。そういうのもあるのか」
「ちょっと待ってお前等何でそんなこと解んの?」
「逆に解らないんですか?」
「解るかぁっっ!!」
ぎゃあぎゃあとメタルが騒ぎ出した所で、漆黒の兜を揺らしながらデューが獣車の中へと戻って来た。
表情こそ見えないし何か言っている訳でもないのだが、雰囲気でご機嫌なのは充分に解る。
遂には鼻歌まで歌い出すのではないかと思うほどだ。
「……知り合いでした?」
「ギルドの同僚でしたよ。長期の仕事終えてやっと帰る所だったんだけど獣車が捕まらなくて乗せて貰おうとしてたそうです」
「乗せてやりゃ良いのに」
「忘れがちだが姫はこれでも伯爵だ。それに人数からしてもこれ以上は無理だろう。仕方あるまい」
「言葉の端にさっきの仕返し感が見え隠れしてるんですけど」
「気のせいだ」
「あ、それとハーゲンが泣いてましたよ。無視されたって」
「ハーゲンってあのハゲ……、凄い解りやすい名前ですね!?」
「本人も若干ネタにしてますから……」
彼等の喧騒などいざ知らず、獣車は再び草原の中を駆け出した。
布敷居を閉めてなければ、きっと今でもこちらに手を振る三人組が見られただろう。
尤も、それと同時に眩しく燦々と輝く地上の太陽があるから、スズカゼは決してそれを開こうとはしなかったのだが。
「ってか、ハゲーンって何処かで聞いたような」
「ハーゲンだ、姫」
「そう、そのツルッパゲなんですけど」
「お前もう態とだろ」
「冗談は置いておくにして、そのハーゲンさんって何処かで聞いた名前なんですよね。何でしたっけ?」
「あぁ、彼等はギルド主力パーティーが一つ大赤翼ですから、その為かも知れませんね」
「あぁ、それだ」
疑問も解けて、獣車は再び静寂に覆われながら草原を行く。
白き光を零す太陽、新緑の海が如く揺れる草原、所々に石礫の転がる道。
何とも平穏で静かな道を、彼等の獣車は進ーーー……。
「いやちょっと待ってマジで?」
「マジですね」
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