シャガル王国より帰還する獣車にて
【トレア平原】
「……くそっ」
「何度目ですか、それ」
「数えただけで百を超えてますわぁ」
「数えなくて良いぞ、サラ……」
「モミジさんとツバメちゃんのお尻……。タヌキバさんとキツネビさんのおっぱい……。揉み揉みしたかった……!!」
「……サラ、そちらの新聞を取ってくれないか」
草原を走る獣車の中、苦労の余り顔を押さえつつデイジーはサラに新聞を要求する。
何ヶ月、下手をすれば何年か前の物しかないが、暇を潰すにはーーー……、正しくは苦労の元凶から目を背けるには充分だろう。
「ほらよ」
「あぁ、ありがとう」
彼女は新聞を広げ、獣車の椅子に深く腰掛けた。
目を通せばどうやら四国大戦の最中に発行された物らしく、大戦近況を述べた記事ばかりが載ってる。
見ればシャガル王国が復興しただとか、ベルルーク国優勢だとか、サウズ王国周辺で大災害発生だとかスノウフ国の新政策発表だとか。
見れば見るほど本当かと思うほどに怪しい情報ばかりだ。
特にサウズ王国周辺での大災害など聞いたことがない。まぁ、大凡は団長かメイアウス女王が何かしたのだろうがーーー……。
「いやいやいやいやいや、誰かツッコめよオイ。何で俺が居るのに無視なの? サウズ王国にゃ変人しか居ねぇの?」
「否定はしませんわぁ」
獣車の窓を開いて訪れたのは韋駄天だった。
彼は大地を駆ける獣車に息も切らさず追いつき、その窓にしがみついているのである。
どうやら世界最速というのも強ち嘘でもないようだがーーー……、まず第一にどうしてここに居るのか?
「スズカゼ・クレハ嬢に報告だぜ。ギルド統括長ヴォルグよりお誘いだ」
「お尻ぃいいい……、おっぱいぃぃい……」
「ちょ、聞いてる? ねえ、そっちの真面目そうな……、駄目だ新聞読んでやがる。じゃぁそっちのお嬢様っぽい……」
「うふふ」
「聞いてる? あの聞いてないフリすんのやめてもらって良い? ちょ、あの……。何これもう帰りたいんだけど」
終ぞ韋駄天が泣きそうになった所で、漸くスズカゼが彼の存在に気付く。
デイジーは未だ新聞に目を通しており、サラは興味なさ気に外を見る始末だが、一人気付いてくれればそれで充分だ。
例え一人しか気付いてくれなくても充分だ。充分だとも。
「誰です?」
「いーだーてーんー! 世界最速の男ぉおおおおおお!!」
「あー、何か聞いたことが……。で? その韋駄天さんがどうしたんです?」
「だからギルド統括長がさ……。アンタにこの前の礼したいから来いってさ……」
「この前の礼? 何かありましたっけ?」
「シーシャだよ、シーシャ。ほら、あの滅国の」
「あぁ、シン君を助けたお礼ですか」
「その通りだ。来るだろ?」
「一回国に帰ってからで良いですかね? 報告しなきゃなんないし」
「おう、良いぜ。ただしヴォルグ統括長は気が短ぇから早く来いよ」
「はいはい」
韋駄天は以上の報告を終わらせると共に獣車を飛び降りて大地を駆けていった。
獣車の速度に逆らう豪風を巻き上がらせ、粉塵すら巻き込んで疾駆して行く。
成る程、やはり世界最速を自称するだけはあるだろう。
「てなワケなんで、私は一回帰って直ぐギルドに行きます。お二人はどうします?」
「私達はシャガル王国での報告があるから難しいと思いますわぁ。デイジーだって下手に動けばまた有らぬ疑いを掛けられかねませんもの」
「じゃぁ、デイジーさんとサラさんは無理ですね。……どうしようかなぁ」
思考する彼女の頭を揺らすように、獣車は大きく一度揺れた。
石を踏んだか泥濘に填まったか。どちらにせよ、スズカゼの思考を中断するに相応しい衝撃だ。
彼女はその衝撃によって浮いた腕を、そのまま窓淵に掛けて頬を支える。
「……むぅ」
ギルド、はてギルドか。
思い返して出て来るのは以前の一件だ。
随分な面倒事に巻き込まれてしまったのが懐かしくすら思える。
しかし、ギルドともなればどうするべきか。ただでさえヴォルグという面倒な人間に会いに行くのだ。
出来れば口の上手い者か、ある程度ツテのある者を連れて行きたい。
いっそのこと生け贄ぐらいでも良いが。
「大体決まったかな……」
彼女の思考に区切りを打つのは新聞を捲る音。
隣でデイジーが新聞を読み終わったらしく、満足げな一息を付いていた。
その表情には何処か満ち足りたものがあり、どうにも新聞を読み終えた達成感だけのようには思えない。
「何かあったんですか?」
「いえ、この噂話という覧が面白くて。ある森に入った男が女になって出て来たとか、四天災者[斬滅]は実は存在せず様々な強者の異形によって創り出された存在だとか、戦場で女神と悪魔が共に歩いているのを見たとか……」
「ほう」
まぁ、所謂ゴシップ記事だろう。
いつの時代、いつの世でもあるような下らない噂話だ。
尤も、暇潰しに見るには確かに面白いと思う。
「ところでその森に入った云々のトコ、詳しく」
「何でもサウズ王国の極東での話らしいですが……」
「……あぁ、うん、はい」
思い当たる節が大きくある。
コレは間違いなく事実だろう。
「そう言えば元気にしてるかなぁ、あの人」
何度か世話になったことのある人物だ。
また今度、色々とお礼をしたいものである。
そう、色々ーーー……、と。
「サラ、スズカゼ殿の顔が気持ち悪い」
「うふふ、いつもの事ですわぁ」
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