南国の騒動が終わって
《王城・応接間》
「私が隊長殿とツバメ様を!? 有り得ません!!」
「でしょうね」
「じゃろうな」
「ですわねぇ」
スズカゼ、スモーク、サラは三者同様の反応を見せる。
彼女達の証言はデイジーの無実を証明したが、この反応こそが何よりの証明になるだろう。
元より、デイジーの気質からして何か罪を犯せるはずもない。
彼女を知る人間であれば、そう思うのは当然だろう。
「し、しかし、見た目は完全に私だったのでしょう? スモーク殿も遭遇した時は疑わなかったのでは?」
「儂が負けた時点で確信はしたがな。不意打ちとは言え、この小娘に負けるはずがない」
「……喜んで良いのか悔しがるべきなのか、複雑ですな」
「実際、儂の言葉もあって無罪となったのじゃ。そこは素直に感謝しておくが良かろう」
確かにスモークの言う通り、デイジーが無罪となった決め手は彼の言葉だ。
幾らスズカゼが言い張ろうとも所詮はサウズ王国の人間。その影響力は低い。
しかし、国家に傭われた傭兵であり嘗てはスズカゼと敵対した白き濃煙の隊長ことスモークであれば話は別だ。
「スモーク殿には御礼を言うばかりですが……」
「んー、だけどデイジーさんが早く戻って来てれば勘違いも無かったんですがね。何処に行ってたんです?」
「ずっとツバメ様を捜索していました」
「真面目がアダになったかー」
「真面目なのは良い所ですけれど、融通が利かないのが悪い所ですわねぇ」
「サラさんと足して割ったら丁度良い感じじゃないですか? あ、おっぱいは足し算のままで」
「下らん事を言っとらんで貴様等はさっさと帰り支度をせい。これからこの国は忙しくなる。今まで隠蔽してきた第二王女の公表、そして彼女の性質についてシャガル王国の見解を述べ、さらにはそれを庇わねばならん。恐らく御主にもお鉢が回るだろうが……、まぁ、今ここに居るのだから暫くは大丈夫じゃろう」
「伊達に[獣人の姫]じゃない、というワケですな」
「そうじゃ。四大国条約があるとは言え、もしやすればサウズ王国とシャガル王国の間で別同盟が結ばれるやも知れぬぞ? 獣人同盟とかな」
「何それカッコイイ」
「仮定の話じゃ。尤も、同盟だろうが条約だろうが時間は要る。つまり騒ぎの中枢に居た相手をもてなす時間など無いという事じゃ」
「私達の事ですね解ります」
「解るのだったらさっさと身支度をせい。小娘二人は疾うに終わっておるぞ」
「だってぇ、ツバメちゃんと仲直り出来てなかったからぁ」
「……それで、出来たのか?」
「会って早々お尻撫でたら泣かれました」
「御主馬鹿じゃろ」
「今はかなり反省してます」
肩を落とすスズカゼと呆れ果てるスモーク。
そんな様子を見て笑うデイジーを眺めながら、サラは安堵の息をついていた。
彼女も内心、気が気でなかった。当然のことデイジーを信じていたし、疑うことはなかった。
それでも彼女が捕まってしまうのではないだろうか、と。
今まで共に居た彼女が消えてしまうのではないだろうか、と。不安で仕方無かったのだ。
「……杞憂でしたわね」
いつものように笑む彼女の頬は、僅かに。
いつものよりも少しだけ、優しさがあった。
《王城・モミジ私室》
「……あのさ、姉ちゃん」
「何です? ツバメ」
「……ん、何でもない」
モミジとツバメは、先程からずっとこのやり取りを繰り返していた。
もう何度目かも解らないが、何度も何度も、ただ呼びかけては応えて、応えてはそっぽを向かれて。
そんなやり取りを、ずっと。
「……フフッ」
しかし、モミジからすれば、いいや、モミジとツバメからすれば、これはこの上ない幸福なのだ。
今まで存分に触れ合えなかったからこその距離感。決して近くない、決して遠くない、距離感。
ただ応答しては突き放されて、突き放しては擦り寄って。
普通の姉妹が何年も何十年もかけて得る関係を、二人は今この時間に一つ一つ、砂場で城を組み立てるように。
砂を一粒一粒乗せるように、慎重に、ゆっくりと。
関係性を、積み上げているのだ。
「……姉ちゃん」
「何ですか、ツバメ」
「……んっ」
ふと、モミジの方に重りが掛かる。
ツバメはそっぽを向いたまま彼女の肩へ身を寄せたのだ。
未だ砂の城は出来ていない。けれど、確かに完成に近付いている。
「……ツバメ。私達姉妹は、いつも近くに居たけれど遠くに居ました」
モミジからツバメの表情は見えないし、彼女は何も言葉を発さない。
それでも良かった。それだからこそ良かった。
この距離感こそが、今の二人にとって重要なのだから。
「貴方が何処かに行かないように縛り付けていたのは、貴方をずっと遠くに突き放すものだった。……だから、私は貴方に謝らないといけない。ごめんなさい」
「……姉ちゃんと兄ちゃんは、私のことを思ってくれてたんだって知ってるよ。デッド兄ちゃんだって、私の為に一生懸命頑張ってくれた。白き濃煙の人達だって、サウズ王国の人達だって。だから、私こそ謝らないといけないんだと思う。……ごめん」
二人は視線を合わせることなく、そのままの姿勢で時を過ごしていく。
刻々と時を刻む時計に耳を傾けながら、静かに、ただ静かに。
砂の城が風で吹き飛ばされないように身を寄せ合いながら、ずっと、ずっと。
二人の絆を確かめ合っていたーーー……。
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