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獣人の姫  作者: MTL2
南の大国
515/876

近くて遠い兄弟

《王城・シャーク私室》


「……あぁ、畜生」


彼は静かに瞳を開き、十数年前に何度か見た光景を再び映す。

胸元は未だ痛み、苦痛が底を突くことはない。

ずきり、ずきり、と胸が叫ぶが、彼の不服はそこには無かった。

ただ、そう。


「何が悲しくて野郎の部屋で目覚めにゃならねェんだよ……」


「知るかボケ。ハゲ」


「誰がハゲだクソシャーク。見ろ、ふっさふさだろうが」


「ヅラか? ヅラだろ。どんだけもみあげ伸ばしてんだ」


「お前みてぇなサングラスチンピラに言われたかねぇよ」


「マジチンピラが何言ってんだ」


二人はぎゃあぎゃあと言い合いを続けること数十分。

やがて何かを諦めたかのように二人とも息をつき、大きく肩を落とす。

そして数秒の静寂を置いて、また口を開いた。


「……ツバメはどうしてる?」


「キツネビとタヌキバが様子を見てるよ」


「そうかよ。モミジは?」


「一人にしてくれ、だとよ」


「アレはどうなった、あの、名前は……」


「デイジーだろ。アイツはスズカゼ達と話してる。お前を撃ったサラは謝ってたぞ」


「またサウズ王国の人間かよ。あの国は疫病神養成所か何かか?」


「ンなワケ……、いや否定はしねぇけどよ」


思い返せば、この一件は事実を隠した自分達に非があるだろう。

だが、それを大きくしたのはサウズ王国の各員、と言うかスズカゼの無茶振りでもある。

尤も、収束したのも彼女達のお陰と考えればそこまで責めることも出来ないのだが。


「結局、そのデイジーって奴はどうだったんだよ」


白き濃煙(ヘビースモーカー)のスモークもスズカゼと同意見だとよ。実力や状況からして可能性は低いそうだ」


「だが、確定じゃねェ」


「だろうな。一応スズカゼに見張りは頼んだしサウズ王国騎士団長のゼル・デビットっつー男にも連絡はしておいた。これでもし何かあっても大丈夫だろ」


「回りくどいことしやがる。これだから政治連中はよぉ」


悪態を突きつつ、デッドはその身を起こそうとベッドの縁に手を伸ばす。

しかしその手が伸びきることはなく、代わりに彼の表情へ苦悶が刻まれた。

元より胸元を弾丸が貫通しているのだ。絶対安静なのは当たり前であり、無理に動くのは厳禁だ。

無論、起き上がることも赦されるはずなどない。


「寝とけ」


「……うるせェ」


彼は自身の視界を腕で覆い隠し、起き上がれない不甲斐なさに小さく舌を打つ。

それと同時に、小さく思考の歯車を回し始めた。

今回の一件は全て幕を閉じただろう。否、デイジー・シャルダが無罪だとするのならば真にツバメを襲った者が未だ見付かっていない。

シャークは言う事こそないが、間違いなく捜索は開始しているはずだ。

ならば、ツバメの身は安全だろう。流石に幾ら馬鹿な襲撃者でも護衛を固めた王族を狙うとは思えない。

とは言え、自分も捜索に手を出さないつもりなど毛頭ないが。


「なぁ、デッド」


「何だ」


「俺達は間違っていたのか? もしツバメの事を正式に公開してりゃ、こんな事には……」


「知るかよ。そもそも、襲撃者の奴が何でツバメを狙ったかも解らねェんだ。公開の時期だって俺が言わなけりゃ考えもしなかっただろ?」


「……アイツに窮屈な思いをさせてたのは謝る。俺も先代も、あの子の自由より国の体裁を考えてた。馬鹿な家族だよ」


仕方ないことだ。

四国大戦中、シャークという存在一つで立っていた国なのだから、体裁は何よりも重要だっただろう。

もしその最中で英雄の妹が異端児だと知れれば、きっと今頃シャガル王国は存在していない。

そんな事、重々承知しているのだ。


「……ふん」


然れど、それを解っていてもデッドはシャークを慰めはしなかった。

悔しい話だが、この男は自分よりも余程有能だ。余程勇気がある。

だから十数年前も王座を譲って、自分は逃げた。貧困街のボスという立ち位置に。

それで良かったと今は思う。それで良かったのだと今でも思う。

だからこそ、だ。この男に慰めなど要らない。

自分一人の力で立ち上がれる男だから。


「お前を殺さなくて良かったかもな」


「……何だよ、いきなり」


「もう知ってるだろうが、ツバメはよく貧困街に来てたんだよ。無論、混血という事は隠してたがな。何で来てたか、解るだろ?」


「……狭苦しい思い、してたんだな」


「あぁ、そうだ。お前を殺して俺が王になって国を犠牲にツバメを解放してやろうとも思ったが……」


「国家反逆罪で捕縛すんぞテメェ」


「してみろ。もれなくお前の恥ずかしい話をモミジとツバメに暴露するからな」


「よし解った、取引だ」


「良いだろう」


二人はそれから幾度か言葉を交わしては、口端を崩す程度の笑みを零した。

十数年来の腹を割った兄弟の会話だ。その時間は決して長くなかったが、彼等にとって重要なのはその時間そのものだったのだろう。

一刻一刻と時計の針が音を鳴らそうと、その部屋を訪ねる者は誰も居ない。

彼等の会話を邪魔する者も、誰も居ない。

大国の長と貧困街の長。近いようで遠い二人の会話を。

邪魔する物は何一つとして、無かった。



読んでいただきありがとうございました

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