猜疑は連鎖となりて
「す、スズカ」
「質問があります」
困惑するデイジーの言葉を打ち切って、スズカゼは問う。
未だ粉塵が舞う中で皆の視線を集めつつ、彼女は鋭い眼光を呻らせる。
困惑するデイジーの全てを見透かすように、這いずるような蛇の視線で。
「貴方はツバメちゃんを襲いましたか?」
「は、はい? まさかスズカゼ殿ではありませんし……」
粉塵を裂く巨銃の銃口と白銀の短刀。
少女の足下から疾駆した殺意の眼光は女騎士の腹部と眉間を狙い、その命を確実に奪うべく牙を剥く。
音が零れるよりも早く、その殺意は女騎士の軽甲防具へと牙を突き立てた。
「待ってください」
双方の牙は華奢な腕に砕かれる。
同時に舞う鮮血など、誰も気には留めない。
皮膚を突き破ることなく砕かれたそれと同様、無くなっていく殺意のみに、皆が口を開いていた。
「……未だ邪魔をするのか」
「言ったはずです。私は仲間を信じる、と」
「仲間ァ? そのツバメを殺そうとしたっつークソアマがかァ?」
シャークとデッドは粉砕された武器を捨て、皮肉にも同時に同じ相手へともう一つの武器を向ける。
銃口と切っ先という牙を向けられたデイジーは再び武器を構えるが、スズカゼとシャークとデッドの三人を相手にして勝てる訳がない。
いや、そもそも弁解の余地すら与えられるかどうか。
「お二人とも、彼女の武器を見てください」
「武器?」
デイジーの持つハルバードは、白銀の曲線をなぞり漆黒の柄を輝かせている。
サウズ王国騎士団の紋章が刻まれた逸品は岩をも砕く頑丈さを誇るだろう。
無論、少女一人など容易く切り裂くはずだ。
「……それが、どうした?」
「綺麗すぎるんですよ。今まで使ってきてるから多少傷は入ってますけど、デイジーさんはよく手入れしているから余り目立たない」
「だから何だってんだ? あァ?」
「……ツバメを襲ったとき、周囲を滅多切りにしてたっつったっけか。だったら、あんなに綺麗なはずがない、と?」
「その通りです」
「ンなモン変えれば済む話だろうがァ!!」
「デッド、貧困街を締めてるお前が一番よく知ってるだろ。貧困街じゃハルバードなんて武器は売ってないし扱ってない。そして、何よりアレにはサウズ王国の刻印が刻まれている。……有り得ねぇんだよ、ハルバードは」
粉塵が晴れる頃、困惑はシャークとデッドにまで伝染していた。
シャガル王国に一切ハルバードがない訳ではない。
何処かに用意していて持ち替えただとか、協力者が居ただとか。
有り得ない話ではない、が。
今、眼前で間抜け面を晒している小娘が本当に人の命を狙ったのかと言われれば、首を傾げざるを得ないのだ。
「あ、あの、何の話ですか? 私が何か……」
「と、まぁ、こんな感じですし」
「だが、それならどう説明を付ける? ツバメを襲ったのは誰だ? デイジーの双子だとでも言うのか? それともツバメと白き濃煙の連中が同時に同じ夢でも見ていたと?」
「夢……。幻影使いとか」
「無いな。夢は夢、幻は幻だ。現実に影響を及ぼすなど聞いたこともない」
「だったらツバメを襲ったのは誰だ? あ?」
「……それは」
スズカゼもシャークも、言葉に詰まる他ない。
デイジーの無罪は証明出来るだろう。そう難しい事ではない。
だが、彼女が一切関わっていない事を証明するのは、余りにーーー……。
「違う……」
だが。
「その人は、違うよ……」
デイジー本人の無罪を証明したのは他の誰でもない、ツバメ自身だった。
少女は未だ恐怖に震える指でデイジーを指し、怯える声で無罪を述べたのだ。
「姿形は同じだけど……、中身が違う。その人はそんな色じゃなかった」
必死に、訴えていた。
決して論理的では無かったし確証もない言葉。
然れど、シャークとデッドがそれを信じるには充分だったのだろう。
被害者本人が言ったからではない。ツバメがそう言ったからだ。
「……デッド」
「チッ……」
二人は武器を収め、衣服に付いた埃を振り払う。
互いに視線こそ合わせないが、それは停戦の合図だった。
困惑するデイジーと、一息つくスズカゼ。
そして僅かに怯えを消したツバメと、不機嫌そうに武器を拾い上げるシャークとデッド。
全ては終わり、決着が着いた。
未だ謎も残ろう。ただ、それでも。
二人の諍いは、一人の女騎士に対する疑いは晴れて。
全ての一件は、ここに落着ーーー……。
「……あ?」
デッドの胸元。
その中点を貫いた、赤黒い点。
彼以外、気付くことは無かった。そして、彼の胸元から吹き出す血に気付いたのも、シャークだけで。
彼が倒れた音で、漸く皆が気付いたのだ。
デッド・アウト。命知らずが、その身に弾丸を受けたということに。
「私が、決着を付けます」
全身を痙攣させ、苦痛に声を吐き出すデッド。
その眼前に現れた一人の女性の手には、ナイフが持たれていた。
シャガル王国の王印が刻まれた、ナイフを。
「先代の愚王の遺産も、全ての禍根も、負の連鎖もーーー……。全て、私が片付けます。だから、もう」
誰も争わないで、と。
銀の刃が振り下ろされ、紅色が粉塵の中へ溶けていく。
氷を掻くような悲鳴が響いた後。
貧困街の倉庫から、全ての音が消えた。
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