粉塵舞う中で乱戦となりて
地を穿ち、白煙を吐き上げる。
壁を削り、黒煙を滲み出させる。
双方の武器は、相手より僅かに外れていた。
毛先一本ーーー……、神経系統の尖端ほどしかない動作。
それでも、外れていた。それだけでも、外れていた。
互いの薄肌を擦り、鮮血を流させながらも、直撃はさせなかったのだ。
「……」
「……」
脚撃が衝突し、轟音を撒き散らす。
後方にサラとモミジが居ることを考慮してか、スズカゼは脚撃をそのまま押し切った。
まるで山が動いたのかと錯覚するほどの圧力に気圧されながらも、デッドは獣人特有の筋力を持って対峙する。
然れど、スズカゼの異常なそれに対応出来るはずもなく、じりじりと後方へ押されていく。
「も、モミジさん!」
サラは自身の狙撃銃を拾いつつ、モミジの衣服を引っ張って後方へ跳躍する。
スズカゼとデッドの戦闘に巻き込まれれば、後方支援型の自身は一溜まりもない。
何より、あの二人の激戦の中に自身が介入出来る余地などありはしないのだ。
「……待ってください、サラさん。私達はここで下がるべきじゃない。進むべきです」
「しかし、二人が!」
「道は一つじゃありません。多少遠回りでも、目的地には到着できます」
モミジはサラの手を借りながら立ち上がり、周囲を見回す。
彼女の言う通り道は一つではない。目的地へ辿り着く道は他にもある。
ツバメがいる、目的地へと。
「行かせると、思うかよ」
巨銃の黒き牙がモミジを狙い、放たれる。
彼女の頭蓋骨を狙った意識外からの一撃。防げるはずも避けられるはずもなく。
然れど、遮る事は出来る。
「撃たせると、思いますか?」
瓦礫ですら粉砕する巨銃より撃ち抜かれた弾丸。
それを、少女は銃口寸前で握り潰したのだ。
無論、薄皮一枚を焼け焦げさせた程度。本人はそんな傷を気にも留めていない。
「化け物がァッッッ!!」
「知った事かッッッ!!」
魔炎の太刀が紅蓮を吐き、業火を散らす。
対する巨銃は少女の肘を狙い、弾丸を放った。
刹那の攻防。業火の盾か巨銃の刃か。
「ッ……!」
勝敗が上がったのは、巨銃の刃。
デッドはその身を業火に焼かれながらも、スズカゼの片腕を封じ込めたのだ。
脆い関節部であれば貫けるのではないかという彼の読みは見事に的中したのである。
「か、ァッ……!!」
「その隙、死ぬぜ」
紅蓮を掻き分け、漆黒の銃口は少女の眉間を捕らえる。
双銃の銃口二つ、眼球の真上に添えて。
一切の躊躇も遠慮も容赦もなく、全弾を発射した。
《貧困街・倉庫》
「…………」
少女はただ頭を抱え、蹲っていた。
鬱蒼とした空気が溜まり、埃舞い飛ぶ倉庫の中で。
恐怖と暗闇の中でただ震えながら、蹲っていたのだ。
「……いやだ」
自分の周囲で、様々な物が渦巻いている。
それらは全て憎悪や悪意に満ち溢れていて、渦のように溢れていた。
壺から蛆虫が這い出てくるような憎悪。空から死骸が降ってくるような悪意。
感じるだけで全身が悪寒に苛まれ、存在すらも拒絶してしまう。
怖い、怖い、怖い。
もう、嫌だ。
「見つけました、ツバメさん」
追い打ちをかけるかのように、その声は響き渡る。
一度は少女を恐怖のどん底へ突き落とした、その女騎士の声が。
「ひっ……!」
その者はハルバードを引き摺りながら、ツバメへと近付いてくる。
逆光によって表情こそ見えないが、何を思っているのかは魔法を使わずとも解る。
殺される。次こそ、本当に。
「おい」
デイジーの肩を掴み、制す殺気。
彼女は振り返ると共にハーバードを構え、その者に向かって刃を向ける。
その者は刃を弾くと同時に跳躍し、ツバメの前へと躍り出た。
「……に、兄ちゃん」
「下がってろ、ツバメ」
シャークはナイフを構えたまま、デイジーと対峙する。
到底、比べようも無いほどの劣勢にも関わらず。
決してその場から退くことはなく、自身の妹を守る為に。
「どういうつもりですか、シャーク国王」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。デイジー・シャルダ」
銀が空を斬り、デイジーの頬を擦る。
デイジーはただ、現状を認識するよりも前に回避行動を取ったのだ。
そして向かい来る敵に回避の次は言うまでも無く、迎撃だ。
「くっ……!!」
豪刃は地を裂き、礫を弾き飛ばす。
決して殺傷能力はない目眩ましだが、シャークの動きを封じるには充分だろう。
粉塵舞う中、シャークはデイジーを追撃するよりもツバメを守ることを選んだ。
例え、粉塵の中より白銀が現れ、己の身を切り裂こうとも。
「……な」
しかし、だ。
一撃は思わぬ所からやってきた。
自身の真横。一切意識していなかった、その場所から。
紅蓮の脚撃と勝手見知った男という、一撃が。
「ごがぁああああっっ!?」
真横から、しかも意識外からの衝撃など避けられるはずもなくて。
彼はそのまま巻き込まれながら、団子状になって壁へ激突した。
舞い上がる粉塵に土煙が混ざり、倉庫の中は最早、息をするのも辛い煙状態となっていた。
「あれ? 何か巻き込みました?」
眉間からだらだらと鮮血を流す彼女は何気ない顔でそう述べる。
その手に紅蓮の刃を持ち、紅蓮の衣を纏った、その少女は。
足下に大国の国王と貧困街の支配者を踏みつけながら。
「す、スズカゼ殿?」
「……あぁ、見つけましたよ。デイジーさん」
粉塵の中に入り交じる影へ向かって。
無邪気な笑みと共に、そう呟いた。
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